0712

三日後、俺は 恋をする。



 人間界の一般的な歴史で7月12日。何の変哲も無い平日の平凡な日。
 一護は当然のように学校へと向かう。俺は、一護に黙って具象化し、人間にも死神にも見えないのを良いことに気ままに現世を徘徊中。
 だって、あんな広いだけのサミシィ世界は退屈だろ?

 特に何をするワケでもなく足元を霊圧で固めて空中散歩。眼下に見える人の頭が蟻みたいで少し笑える。ふと、街の電光掲示板が眼に入る。

『7月12日 天気は全国的に晴れ。暑い一日となるでしょう…』

 7・12…。
 視界から消えても思考に残るその数字。其れ自体が意味を持つものではないけれど。親指から順に指折り数えていち、にぃ、さん…。

「あと三日…ね。」

 誰に聞かせるつもりも無い、ただのヒトリゴト。口にしても、矢張り其れはさしたる意味は持たないのだけど。其の先にある数字が、何故か意識を蹂躙する。

「…俺には関係無ぇな。」

 誰かから逃げるように、もう既に動画広告へと表示を変えた電光掲示板に背を向けた。

「何がだ?」

 そのまま去ろうとした俺の背後から、聞き慣れた低い声がした。驚いて後ろを振り向いたら、其処に居たのは案の定…

「っグリムジョー?!」

 快晴の空とはまた微妙に色合いの違う水浅黄の髪にセルリアンブルーの瞳を持つ破面、第六十刃のグリムジョー・ジャガージャック。人間にも死神にも自分の姿は見えないが、矢張り元が同じ『虚』であるからなのか、何故か破面には見えるらしく。其の中でもグリムジョーには幾度か出くわす度ちょっかいをかけられ、最早見知った奴になっていた。

「んーだよ。んなに驚くことねぇだろうが。」
「…いや、驚くだろ。っつか、勝手に現世に出てきて怒られねぇのか?東仙さんとかに…。」
「なんでそこで東仙の名前が出てくるんだ」
「いつも怒られてっからだろー?東仙さんも統括大変そうだな、グリみたいなんが沢山居たら…。」
「…喧嘩なら買うぞ?」
「生憎利益の見込めないものを売るつもりはありません。」

 会話を交わしながらも、何でコイツとこんなに親しくなってんのかが良く分からない。コイツは一護を気に食わないと言う。なのに俺には付き纏う。じゃあ戦うためなのかと言えば違うと言うし。…意味が分からない。思考が、読めない。

「で?さっき言ってた『俺には関係ない』って何のことだ?」
「別に何でもねぇよ。」
「嘘吐けよ。あのデッカイ画面見ながら言ってただろーが。今日の天気がどうかしたのか?」

 一体何処から見てたんだ。

「…違ぇよ。天気なんかどうでもいい。雨には慣れてっし。」
「じゃあ何だよ。」
「お前には関係無いだろ。」
「…そりゃー…そうだけど…」

 なんでこんな少女マンガにありがちなベタな会話をこいつとしなきゃなんねぇんだよ。

「じゃ、俺もう行──」

 なんかうんざりしてきたからこいつから離れようと後ろを向いた瞬間、

「そうは言っても気になんじゃねぇか。」
「っ?!」

 グリムジョーが後ろからいきなり肩を抱いてきて顔のすぐ横でそう言った。

「っ離せッ!!」
「やーだね。離して欲しかったら言えよ。」
「なんでだよっ!!」

(畜生何処の小学生だっ!!)

 グリムジョーの精神年齢の低い嫌がらせに斬零は本気で嫌がりグリムジョーを押し退けようとするが、如何せん体格が一回り違う相手に力で敵うわけも無く、グリムジョーの腕の中で一通り暴れまわっても抜け出せないと判断した斬零は、仕方なく抵抗を止めた。

「………誕生日…」
「あ?」
「だからっ!!3日後の15日が一護の誕生日なんだよっ!!」

 テメェが聞いてきたんだろうがッ!!と斬零はグリムジョーに怒鳴りながら説明する。

「…ふぅん…あの死神のねぇ…」
「だーから俺にもお前にも関係無ぇって言っただろうがっ!」
「関係無い?」
「あぁ。俺は自分の王のだからちょっと気になっただけで別に…」
「なんでだ?」
「あ?」

 斬零の聞かれてもいない言い訳を遮りグリムジョーが聞き返した。

「15日があの死神の誕生日なんだったら、お前の誕生日でもあるんだろ?」
「…は?」

 斬零を抱き締める腕はそのままに、グリムジョーはさも当然、とばかりに斬零に質問を投げ掛ける。

「あのなぁ…俺は一護の虚だぞ?一護の力のカタチの一つなの。死神の斬魄刀とかと同じで、ナカにある力を具現化させただけに過ぎねぇの。なんでそんなモンに誕生日があるんだよ。っつか、その持ち主と同じ誕生日って、どんだけ安直…」
「だからじゃねぇの?」
「はい?」

 グリムジョーの質問に何バカなこと言ってるんだとばかりに斬零は呆れながらも丁寧に説明し始めるが、グリムジョーはそれを聞いていたのかいないのか、またも斬零の台詞に割って入る。

「お前はあの死神の力の一部。だったら、あの死神が生まれたときにはもう其処に居たってことだろうが。っつーことは、あの死神と同じ日にお前も生まれてるワケだろ?明確なこのカタチになってないだけで。」
「…え………」

 「この、」と自分の胸の中心を指で軽く押されながら言われ、斬零は思考を逡巡させる。
 言われている理屈が分からないわけではない。寧ろ、其れは一度自分で考えた結果でもあった。けれど…

「った、たとえそうだとしても…意味が無いだろ。」
「意味?」

 そう。そうだ。意味が無い。たとえそうだとして、自分の誕生日が一護と同じ15日であろうと、その結論に意味は全く無い。
 何故なら──

「俺に誕生日があったって、祝ってくれる奴なんか一人も居ないんだから、そんなん…意味無いだろっ!」

 誕生日が何のためにあるのか。
 それを知らないワケじゃない。
 戸籍を作る上で必要だからとか、そんなモンじゃなくて。
 誕生日は、生まれた人が、其の日に祝われるためにあるものだ。
 生まれてきてくれて『有難う』と感謝され、生まれ落ちた日を記念しておめでとうと祝うためにあるものだ。
 自分ひとりしか居ないのならば、『誕生日』など意味を成さない。
 誰かに祝ってもらえて初めて、数字でしかない、目安でしかない日付は特別な意味を孕むのだ。

 …『虚』として生まれ、『消えろ』と疎まれるだけの自分に、その価値は無い。

「なんだ、そんなことか。」
「はっ?!」

(そんなこと?!そんなことって言いやがったかコイツ?!)

 自分が少なからず気にしていることを、サラリと『そんなこと』と馬鹿にでもするようにあっさりと言うグリムジョーに、斬零は本気で殴ってやろうと拳を握り締める。

「だったら俺が祝ってやんよ。」
「……………はぃ?」

 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、とうとうこの暑さで頭までヤられたか…?と斬零はグリムジョーを怪訝な眼差しで見上げた。しかし、当のグリムジョーは然して気にしていないのか、ニッと口端を吊り上げて笑いながら台詞を続けた。

「祝ってくれる奴が居ないから誕生日の意味が無ぇって言うんなら、俺が其の日に祝ってやんよ。プレゼントでも用意して『オメデトウ』って言や良いんだろ?」
「…なんで?なんで俺がお前に祝われなきゃなんねぇの?」
「俺が祝いたいからに決まってんだろ。」
「だからなんで?!」

 何故グリムジョーが自分の誕生日を祝いたいと言っているのか、本気で理解出来ずに斬零が困惑した表情で聞き返せば。
 グリムジョーは斬零の瞼に軽くキスを落として抱き締める腕に力を籠めながら。


「俺がお前を好きだから。」


 事も無げにサラリと言うから。
 斬零の思考は混乱の窮地から一気に全ての思考回路を停止させた。

「…………なっ!!な、なななっなななんっ何、何言って───っ!!」
「何だよ聞いてなかったのか?だから、俺がお前を好──」
「わ────ッ!!!!言うな──!!其れ以上は言わんでいいっ!!」

 斬零の一瞬止まった思考回路が、また混乱の淵に戻ってきた。カ──っと一気に上がる体温と、其れに比例して赤くなる顔を必死で隠そうと、斬零はグリムジョーから逃れようと足掻くが、矢張り力の差があるのか、結局はグリムジョーに背を向けるだけの結果に終わる。

「なんで、だよ…。お前敵だろ…破面だろ?」
「そんなん関係あるかよ。好きだと思ったら止まんねぇもん。」
「〜〜〜〜っお前…っ 一護のことは『気に食わねぇ』とか言うクセにっ」
「アイツはアイツだろ。アイツは死神だしかなり気に食わねぇけど、お前はなんか違う。お前は好き。大好き。」
「わ────っ首舐めんなっ!!」

 斬零の必死の説得(?)も空しく、グリムジョーは斬零を抱き締めながら只管稚拙に愛を語る。それが斬零には恥ずかしくて、本来白い肌を耳に終わらず首まで赤くした。その反応がまた可愛い、とグリムジョーは斬零に愛撫を仕掛けるから埒が明かない。

「したら15日までにプレゼント用意しなきゃだな。何がいい?」
「……それを本人に聞くのかよ…」
「だって誕生日にプレゼントは必要不可欠だろうがよ。」
「………ケーキ忘れてる…」
「あぁ、そうか。ケーキに歳の数の蝋燭だっけ?後は…ホテルの予約にゴムの準備?」
「其れは絶対必要無いっ!!!っていうか、俺お前と付き合うとか言った覚えは無いからなっ!!」
「なんでだよ。お前俺好きじゃねぇの?」
「ねぇよっ!!」

 強引に当日の予定を進めるグリムジョーに斬零はうっかり流されかけるが、当然とばかりにヤる気満々なグリムジョーの言動に引き戻される。拒否を全力で表すように腕を突っ撥ねる斬零に、グリムジョーは落ち込むどころか「面白い」と言わんばかりにまたニヤリと笑みを浮かべて。

「だったら三日でオトしてやるよ。」
「は…?」
「三日後、15日のお前の誕生日までに絶対お前をオトしてやる。宣言すんぜ。斬零。

三日後、お前は俺に恋をする。」


 いい終わり様、斬零の手を取りその掌に気障にキスを落とすと、素早く踵を返して虚圏へ去っていった。

 一人、取り残された斬零は、

「───…っだ、誰がするかアホグリム─────っ!!!!」

 十分に呆けた後、顔を熟れた苺のように赤くしてグリムジョーが消えた空の一角に向かって叫んでいた。

 グリムジョーの予告にも似た宣言が実現するのかどうかは、三日後本人のみが知る。


『7月12日 天気は全国的に晴れ。暑い一日となるでしょう…』


-了-


■ヒトリゴト■
似非天気予報と共にお送りしました、見てるこっちが暑くなるグリ白の誕生日表小説―。って──これ誕生日じゃないじゃんっ!!誕生日から三日も前じゃんっ!!馴れ初めにもなってないよっ?!!(゚д゚;≡;゚Д゚)はわわわ…
果たして本当にグリの宣言が実現するのかどうかは、激裏漫画に結果が出ます(笑)。