甘いはずなのに、苦いと感じたその理由は。
2月14日。本日ヴァレンタインデー。某お菓子会社の陰謀により、毎年女子が翻弄される日である。彼女の居ない自分にはほぼ100%関係ない話題なのだが、チョコ好きな俺としては、チョコ菓子の種類が増えて嬉しい時期でもある。
丁度学校の試験の日程とも重なり、俺は朝遊子と夏梨の二人に貰った手作りのトリュフを食べながら勉強中。
ふと時計を見ると、短針がアイツを思い出させる数字を示していて。長い間集中していたことを知ると同時に、そういえばアイツとも長いこと会ってないなと思った。
「……元気にしてんのかな。」
まぁ、アイツが病気してるとこなんて、俺じゃなくても誰でも想像できないと思うんだけど。
「誰がだ?」
「──っ?!剣八っ?!」
いきなり後ろから声をかけられて、慌てて後ろを振り返る。そこには、今し方思いを馳せていた相手が立っていて。予想だにしていなかった光景と、有り得ない状況に頭が混乱して、在り来たりな台詞しか出てこなかった。
「っな、なんでここに…っ?!」
「あぁ、ちょっと現世の方で任務があってな。ついでだし寄ってみた。」
目を逸らしながら言う剣八に、「ああ、嘘だな。」と悟った。
隊長格が現世に派遣されるような任務であれば、副隊長の同行は必須だ。しかし、少なくともこの近辺にやちるの霊圧は感知できない。そもそも、方向音痴で有名な剣八が現世に派遣されること自体考えにくい。その上、現世任務には同行必須であるはずの地獄蝶がどこにも見当たらなかった。
しかし、妙である。尸魂界を抜け出して現世に来るのは剣八の性格上分からないことでもないが、それならそれで、今のような言い訳はしない。
…何か、あったのだろうか。
「一護?」
「え?」
「ボーっとして、どうした?」
どうしたはこっちの台詞だ。心配するはずが逆に心配させられてしまった。
「…や、何でもねぇけど…お前こそどうしたんだ?」
「何が。」
「いや、何…って…」
質問に質問で返されて、最早どちらが最初に質問したのか分からなくなる。
「…や、まぁ、いいや。…それよか、ソレ、何なんだ?」
なんかもうどうでもよくなって質問を変えた。「ソレ」とは、剣八が此処にきたときから手に持っていたモノ。剣八に似合わない、ピンクのストライプの紙袋。
「……今日、バレンタインなんだろ?」
「?あぁ。」
確かに今日は2月14日。バレンタインだが。(剣八の口から聞くと違和感があるのは何故だ…)
「…やちるに貰った。」
「あぁ。なるほど。」
ってか、向こうにもそんな習慣あんのか。
「お前にやる。」
「はっ?!」
いきなりその紙袋を押し付けられて、俺は困惑した。
「や、やるって、コレお前が貰ったんだろ?!いくらやちるからのだからって、人にやったモン貰えるワケ──」
「俺ァ試食段階でたらふく食わされてんだよ。これ以上同じモン食えるか。それに、お前ソレ好きなんだろ?」
「ソレ」、と机の上のチョコを指差して言われれば、違うとは言えず。
「そ、りゃ、そう…だけど…」
やっぱり、他人のモノは貰うのに気が退ける。そう言えば、
「良いんだよ。残したらまだどやされるし、勿体無ェからな。」
なんてさらりと返すから。目の前の好物に、先程の言い訳も正当に思えてきて。
「じゃあ、イタダキマス。」
結局、貰ってしまった。
やちるが作ったチョコっていうのにも興味を惹かれて、早速開けてみようと鋏を取るために剣八に背を向けて机に向かう。少々過剰な包装を鋏で開けて中を見れば、メッセージカードが入っていた。
何気なく手に取り『HAPPY VALENTINE!!』と派手に印刷されたカードを裏返したら、
『Dear.My Strawberry』
拙い字で、そう書かれていたから
俺は目を見開いた。
「っえ?──剣 んっ」
驚いて振り返ろうとしたが、後ろから抱きしめられると同時に右手で口を塞がれて、言葉と身体を拘束された。
「──言うな。気付いたんなら、何も言うな。」
その台詞に、今日の不可解な行動の理由と先程の言い訳の意図を全て悟って、「ズルイ」という言葉の代わりに、後ろの体温に自分を預けた。
口を塞いでいた手はすぐに離れて、俺が『ナニカ』を言う前に、左手が目隠しするように俺の視界を塞いで。
『ナニカ』は剣八に吸い取られてしまった。
嬉しいのと
驚いたのと
切ないのと
愛おしいのと
全部が混ざって、心を掻き乱す心臓の音が
堪えていた涙を引き寄せた。
ゆっくりと離れていく唇が名残惜しくて抱き締める腕の袖を引っ張れば、滅多に見せない笑顔で微笑むから。催促の台詞は言えなかった。
「また来るから心配すんな。」と一言残して何事もなかったように消えた剣八に「隊長格がそんな頻繁に抜け出したら駄目だろ」なんて可愛げのないことを思うが、先程唇に残された剣八の煙管の味に、思った以上に期待していることを思い知らされて。
思わず伸びた手は、剣八を追う代わりに残されたチョコへと向けられた。
カサリと音を立てて指に当たったカードを手に取りながら
「…『最愛の俺の一護へ』──なんて、本当に意味分かってて書いたんかな…。」
チョコと一緒に残された小さな疑問に、意図せず目頭が熱くなる。不意に顔を見せる欲望を誤魔化すために歪な形のチョコを口に入れた。
ミルクチョコを溶かして固めただけのソレは、視界を揺るがす水溜りのせいで
甘いはずなのに、ビターのように苦かった。
「苦…」
一人呟いたその台詞を、時を同じくして左手に残された一護の雫を舐め取りながら剣八が言っていたことは、また別の話。
-了-
■ヒトリゴト■
アレ…?バレンタインネタで剣一甘々話を書くぜ〜♪とか思ってたのに…何だこれ?甘々じゃなくて切なくなったよ!!やっぱしハードブレイクの時に書くとダメですね…v珍しくエロが入ってないのにも驚き☆(自分で?!)キスはあるけどね。