White Dandelion

離れた体温が自棄に切なかったから
もう少しだけ
傍に居たかっただけなんだ



 どうしてこうなったかなんて、原因を考えるのも億劫で。
 唯、俺を抱き締める高い体温が熱くて、でも其れが心地良くて。
 離れたくなくて、放したくなくて、俺は未だに寝たフリを続けている。

+ + +

 3月14日。現世では、『ホワイトデー』と称してバレンタインに女性にチョコを貰い告白を受けた男性が、告白の答えをクッキーやらハンカチやらで相手に返す、という又も菓子会社の陰謀渦巻く日なのであった。
 そんな今日、俺は尸魂界に来ていた。
 というのも、先月同日。つまりは2月14日。バレンタインデーに、剣八が態々尸魂界を抜け出してまで俺にチョコを持ってきたからで。それはつまり、バレンタインデーにチョコを貰った俺が剣八にホワイトデーにお返しをしなくてはいけない、ということで。本当は、バレンタインを剣八が知っていた、というだけでも驚愕モノなんだから、ホワイトデーなんか知らなかったらお返ししなくても良いのでは…とも思ったのだが。流石に貰っておいて何も返さない、というのは気が引けて、手作りだった(実際剣八が作ったのかも怪しかったが)そのチョコのお返しとして、(しょうがなく!!しょうがなくだぞ!!)手作りのクッキーを持ってきたのだった。

 が。

 今現在、何故に俺が十一番隊の資料室で埃と資料塗れになっているかというと。それにはまた物凄く時間の掛かる説明が必要なのだった。

 其の日、尸魂界に来た俺は、剣八に会いに行こうとまず十一番隊の隊主室へと足を運んだ。が、

「剣ちゃんなら、隊主会の後でおじいちゃんに呼び出されてたから、帰ってくるまでにもう少し時間が掛かると思うよっ」

 とやちるが言うので仕方なく隊主室で待たせて貰おうかと思ったんだ。そしたらやちるが

「おじいちゃん話し始めると長いから、かなり時間掛かると思うよ?其の間やちると一緒に甘味処行かない?」

 とやちるが仕切りに誘うので、仕方なく(本当に仕方なくだ!!別に新作のチョコパフェが気になったとかじゃねぇかんな!!)俺はやちるの手を引いて…じゃなかった、やちるに手を引かれて甘味処へ足を向けた。

「おう、久しぶりだな一護。」

 甘味処でやちると二人、チョコパフェを食べていると、一角が声を掛けてきた。

「久しぶりついでに、鍛錬場で一回やってかねぇか?」

 流石戦い好きの十一番隊。人が楽しく…違う、仕方なくパフェ食ってんのもお構いなしで、返事をする前に俺は一角に腕を引っ張られて鍛錬場に連れて行かれた。

「何やってんのさ一角!!先月分の書類整理、まだ終わってないだろ?!手合わせなんかやってる暇があるんなら、整理と判子押しやってよね!!」

 しかし一角相手に手合わせが一回で終わるわけもなく。5回くらいやりあって疲れたところへ、弓親さんが一角を連れ戻しにやってきた。どうやら仕事の途中だったらしい。

「あ、一護も書類整理手伝ってもらうからね!!」
「はっ?!何で俺も?!俺関係無ぇじゃん!!」
「仕事残ってる一角に付き合って怠慢させたのは事実でしょ!!連帯責任だからね!!」

 どうやら仕事は物凄く切羽詰っているらしく、(まぁ、隊長と副隊長がアレじゃぁ、分からんでもないが)物凄い剣幕で一角の首の根を引っ張り、且つ俺に反論する暇も余地も与えず、俺に仕事を言い付けた(基、押付けた)。

 かくして俺は、十一番隊の滅多に(っつーか今まで全然)使われてなかった資料室で必要な書類を探していたのだが。

──バサバサバサバサッ

 ………少し、少し下の本を取ろうしただけなのに…、その場にあった資料全部が何故か俺に向かって落ちてきて。今まで長く使われてなかったってのが丸分かりって程、積もりに積もった埃と資料塗れになったのだった。

「げほっ げほげほげほげはっ!!〜〜〜〜〜〜〜絶っ対ぇこれトラップだ!!」

 自分の上に覆い被さる資料を掻き分けて、俺は資料(と埃)の海から顔を出した。
 その時、ふと袖の中に入れておいたクッキーの存在を思い出して、慌てて紙袋を取り出した。

「………あー…」

 が、しかし、案の定紙袋はぐちゃぐちゃで、中を開けて見てみても、袋に入れただけだったクッキーは見るも無惨に粉々になっていた。

「……畜生… こんなんじゃ、渡せやしねぇじゃねぇか…。」

 なんだかもう何もかもが如何でも良くなって、俺は資料の海に溺れたまま、天井を仰いで寝転がる。勿論資料の上なので、背中はごつごつして痛いのだが。そんなことは如何でも良い位、俺は意気消沈していた。

「…結構、自信作だったのになー…」

 自分の夕飯か昼飯くらいだったら遊子が居ない時に何度か作ったことはあったが、菓子なんて、それも、誰かにあげるために作ったクッキーなんて初めてで。其の割にナントカ様になったと、ちょっとは得意げになっていたのに。

 手の中には、その形の原型を留めない、正にカケラな小麦粉の塊。

「………味は…美味しいんだけどな…」

 剣八にあげるはずだったクッキーの袋を開け、小さいカケラを取って口に入れる。物の一口で無くなるクッキーに、悔しくて涙が出てきた。

「───…畜生…」

 もう、誰に当り散らしていいか分からずに、俺は仰向けになったまま、目を瞑って涙を堪えた。
 結局は、自分で招いた結果だ。分かりやすいほどに積み上げられた資料。そんなモンを下から取ろうとすればどうなるかなんて、火を見るよりも明らかな結果。少し考えれば分かるのに。

 そして潰れてしまった、自分のキモチ。

「〜〜〜〜〜っどう…すんだよ…っ」

 またも溢れてきた涙を拭うように、手で顔を覆った瞬間、


「何がだ?」
「っ?!」


 上から声を掛けられた。

「っえ?!剣八っ?!!」

 何で此処に?!と言う前に、俺を上から覗いていた剣八が俺を抱き上げて資料の海から拾い上げてくれた。

「うわっお前埃でベタベタじゃねぇか。」
「ぅ…こ、これはっ」
「あぁ、俺等が片付けてなかったのが悪ィんだろ。しかし凄ェな。オレンジが灰色になってら。」

 タンポポが綿毛になったみてぇだな。って、笑う剣八が。
 なんか滅茶苦茶カッコよかったから。
 名前宜しく紅く熟していく顔を見られたくなくて。
 抱き上げられた侭、剣八の肩に顔を埋めて隠した。

「埃っぽいな。」
「………煩ぇ…」

 仕方ねぇ、風呂行くかって。
 重いだろうに、下ろせばいいのに、担ぎ上げたまま風呂へと足を向ける剣八から、見苦しくなったクッキーを見られないようにまた袖に忍ばせて。


 其の後。
 案の定っていうか、剣八が風呂だけで終わるわけも無く。
 まだ日も高かったのに、清めた身体を日が暮れるまで抱かれ続けて汚しまくって。
 結局、俺の目が覚めたのは日付が変わる頃で。
 いつの間に見つけたのか、袖に隠したはずのクッキーを、剣八が俺を抱き締めたまま食べてて。
 どんな顔して良いのかわからなくて、思わず寝たフリをしてたら。

「……美味いな。」

 って。俺が起きてるの知らないのに、思わず呟いた剣八の一言が、世辞なんかじゃないって分かって。
 嬉しいのに、やっぱり妙に恥かしくて。
 俺は、未だにこいつの腕の中で狸寝入りを続けていた。



-了-



■ヒトリゴト■
………ふはははははははははは(怖っ)。バレンタインの『Bitter Sweet』の続きです。前作はシリアス調切な系だったのに、今回はコメディー調甘々系です。ぶっちゃけ自分で書いてて甘すぎて砂吐けそうでs…。
人によっては、カットされたのバレまくりの風呂から後のシーンが見たかっただろうに、分かってて敢えてカットしました…。
だって、書いてる時間、無…っ(ノД`。)