霊体の状態で傷ついたまま身体に戻ると、肉体でも同じ傷が生じる仕組みになっているらしい。
そんな、基礎中の基礎のこと。
とっくの昔に聞いていたこと。
実は大変なことだったのだと。
気付いたのは、極最近。
「ん、…っ!あ!」
水音を部屋に響かせて、鬱血した紅色が肌に浮かぶ。微かに、なんて可愛いもんじゃないその色は、最近頓(トミ)に俺を悩ませている。
「ちょ、ば…っか!テメ、んな目立つトコに痕つけんなっていつも言ってんだろうが!!」
「あぁ?こんなもんすぐ消えんだろうが。んなことでゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ。」
「『んなこと』じゃ済まねぇんだよ!」
耳の裏、丁度顎の骨の付け根辺り。髪で隠れるか隠れないかの位置に付けられたキスマーク。冬であるなら多少襟の高い制服の上着でも誤魔化せようか、と言っても、それでも見つかる確立のほうが確実に高い其の場所に、あろうことか明日体育の授業があるってのにはっきりと真っ赤な痕を付けられた。
キスマークなど、所詮は内出血。
霊体で情交を交わしている一護の身体にいつも残されるその鬱血は、他の傷と同じくして霊体だけでなく肉体にも残される。
「あのなぁ…っ!いっつもいっつも言ってんだろうが!この姿で傷付けられたら、現世の身体にも多少影響が出んの!せめて付けんだったら目立たないトコにしてくれって!…ったく、何度言わせりゃ気が済むんだよ…」
「何度も何も良い加減聞き飽きた。」
「じゃあ言わせるな!」
これが情事の最中に交わす会話かよ。
甘いとかそんな言葉、不釣合い過ぎて笑えてくるこの状況に、一護は一人盛大に溜息を吐く。しかしそれ以上強く言わないのは、この男には言っても無駄だということを、一護は身に沁みて分かっているからだ。
そんな一護の内心をどれだけ分かっているのか、それとも本当に分かってなどいないのか、目の前の男、剣八は軽く嘆息する。
「…だったら、消しゃいいだろうが。」
「だァから、3,4日は消えねぇっていつも──」
「だから、他の傷直すのと同じように、鬼道使うなり浦原に頼むなりなんなりして、霊体の内に消しゃ肉体には残らねぇだろうが。」
「っ! そ、…れは、………っ」
剣八に正論を突きつけられ、一護は言葉に詰まる。剣八は怪訝な表情で一護にその意図を問うが、一護は其の答えを持ち合わせてはいなかった。…というより、その答えを持ち出すには躊躇われたのだ。
「なんだよ。」
「………、……」
すっかり黙り込んでしまった一護の視線は真下に落ち、自然俯く形になる。
見えない一護の表情が今どういう顔をしているのか、想像等するまでも無く容易く分かるのに、それをさせた自分の大人気なさに反吐が出る。
「ったくよォ…」
「っ!」
ガリガリと乱暴に自分の頭を掻き毟ると、一護が脅えたように肩を揺らす。その所作にすら、自分への苛立ちが前面に立つが、辛うじて其れを抑えて。
「…『消したくねぇ』の一言くらい、可愛く言えねぇのかテメェはよ。」
俯くオレンジを懐に抱いた。
「………うっせ…、誰が言うか……」
明らかに泪を含んで飽和した声が、小さく小さく悪態を吐く。この期に及んで其の台詞かと、相変わらず可愛くねぇと言おうと思ったが。
胸板に押し付けられる和毛のようなオレンジと、指が白くなるほど自分の裾を握り締める愛しさに、
「…悪かった。」
そう、謝るしかなかった。
言わせたかった台詞など
当の昔に忘れたまま
自分の思い通りに行かない歯痒さすらも
その紅色に押し込んで
ただ消えないで、と願ったのは。
どうやら一人じゃないらしい。
-了-
■ヒトリゴト■
…『鬱血』の意味が若干違った。
………えと、此処ではキスマークと同じような意味で捉えてくださると嬉しいかと。
でもまぁ、剣ちゃん相手だったら鬱血でも強(アナガ)ち間違いでもないような…。