半年記念

『愛してる』
その一言さえ言えないでいる
この、心。



「半年…かぁ…」

 ふぅ、という溜息と共に、一護がぽつりと洩らした。その場に居た十一番隊の面々は、その言葉の意味が分からず首を傾げる。

「? 何が半年なんだ?一護。」

 一角が疑問符を頭上に浮かべながら聞くが、一護はふるふると頭を振って。

「ん、なんでもねぇ…。」

 浮かない顔のまま、鍛錬場を後にする。
 その場に残された面々は、一体なんだったんだ、と首を傾げると共に。
 一護の憂さ晴らしだったのだろうか、鍛錬に付き合わされ屍と化した隊員を憐れ見た。



「…はぁ、半年…半年なんだよなぁ…」

 相も変わらず浮かない顔のまま瀞霊廷内をぽつぽつと歩く一護。と、そこに、大量の書類を抱えた恋次と会う。

「よう、浮かない顔して如何したんだ?」
「…ん、何でもねぇよ。」
「? 何でもねェワケねぇだろ?なんかブツクサ言ってたじゃねぇか。何が半年だって?」
「んー…恋次には関係ねぇよ…。」

 普段ならカチンと来る言葉も、しゅん…となった一護には口喧嘩すらも仕掛けられず。心配そうな表情をしながらも、恋次は仕方無い、と自分に言い聞かし、項垂れた小さな肩を見送った。



「あら、一護。元気無さそうな顔して如何したの?」
「…乱菊さん…」

 それからまたトボトボと歩いていると、何時の間にか十番隊隊舎の近くでも来てしまったのか、乱菊に出くわした。

「…もしかして、アレ?………生理?」
「………乱菊さん……」
「やーね冗談よっ!!そんな顔しないでちゃんとつっこんでよぅ!!一護らしくもない!!」

 乱菊のいつもの冗談にもツッコミを入れることもなく、力なく呆れたように顔を向けただけだった一護に、乱菊は慌てて訂正を入れる。しかし、一護の表情は晴れそうにも無かった。

「…あー、もしかして、アレ?あの半年の…」
「ん、んー…うん…。」
「一護も大変ねー。まぁ、良くあることだし、気にしない方が良いわよ?」
「………分かってる…。」

 乱菊には何か思い当たる節でもあったのか、気にしない方がいい、と一護の頭を撫でながらあやす。しかし、やはりしょんぼりとしたまま、一護はその場から去っていった。

「………ふぅ。早く『あの人』が気付いてくれると良いんだけど…」

 後にその場に残されたのは、乱菊の意味深な言葉だけだった。



「一護―――!!!」

 一護が近くの河原に座り込んでぼーっとしていると、今までそこには誰も居なかったはずなのに、急に黒猫が一護の頭に衝突するようにへばりついた。

「…痛ぇよ…夜一さん…。」

 猫のままでも瞬歩は使えるのか…と内心感心しながらも、矢張りツッコム気力も無いのか、一護は冷静に感想を述べた。

「なんじゃなんじゃ、浮かない顔をして!なんじゃ?猫のままだったのが不満じゃったか?お主も相変わらずムッツリじゃのう!!ホレ、そんなにおなごの姿が良いのじゃったら堪能するがいい!!」
「…セクハラです。服着てください夜一さん。」

 いつも以上にハイテンションな夜一が、素っ裸のまま人間に戻り一護に抱きついても、一護はやはり反応せず、静かに自分の死覇装の上着を差し出す。夜一はそれを手で断り、一体何処から出したのか、いつもの自分の服を矢張り上着から着込み始める。

「なんじゃ。ノリの悪い奴じゃのう。…あー…もしかして、アレか?あの半年が原因か?」
「………、ん。」
「お主も意外に心の狭い奴じゃのう!それくらい黙っておるくらいの器の広さがあっても良いのではないか?」
「………夜一さんには…分かんないよ…」
「ふん。分からんのう。お主のように半年なんぞという刹那に拘るほど、儂等の寿命は短くないんでな。」
「…だから…不安なんじゃんか…っ ぅ―――…っ」

 夜一にも思い当たる節があったのか、しかし乱菊とは違い、慰めるのではなく、一護に説教を始める。しかし、それが逆に引き金になったのか、一護は自分の膝に頭を押し付けて泣き始めた。流石に慌てた夜一は、一護の頭を撫で、撫でくり回し、終いには頭ごと抱き込んだ。

 …それをちまこい頭がひょこ、と覗いていたことに、二人は気付いていなかったが。



「って、ゆっていっちー泣いてたよっ!!」

 場所は変わって十一番隊隊主室。先ほど河原で見た光景をありのまま報告するやちるの言葉に、弓親は呆れた顔で溜息を吐き、一角は興味無さそうに、けれど心配はし、そして、剣八は唯黙って煙管を吹かしていた。

「…どうするんですか?隊長。」
「なんで俺に聞く。」
「だってどう考えたって隊長の責任でしょ。付き合って半年の記念を忘れるなんて。」
「アイツがそんな女々しいこと一々気にするタマかよ。」
「でも実際にそれで落ち込んでるんでしょ?」
「………」

 やちるの話から大体のことを察した弓親がどうするのかと剣八に聞くが、当の剣八は至極煩わしそうにしている。
 それに見かねたのか、弓親は更に言葉を紡ぐ。

「その上で夜一さんに抱きついて泣くなんて…相当追い詰められてますよね。」
「………」
「夜一さんも一護を気に入ってることは誰の目から見ても明白ですし?」
「………」
「一護だってまだ青春を謳歌する思春期の少年なんだし?」
「…………」
「あの色香に惑わされないという保障もないですよね。」
「……………」
「そもそもに於いて、男と、っていうのが既に『若気の至り』っていうことも有りますし?」
「………………」
「其れでなくとも、もう既に開発された身体なんだとしたら、」
「…………………」
「心は拒絶しても躰は素直に反応しますし、何よりこの揺らいでいるときに他の誰かに優しくなんてされたら…。」
「……………………」
「こうなったらもう夜一さんじゃなくても一護に付け入る隙はいっくらでもありますよねー。」

 ばきょっ

 剣八の持っていた煙管が、トンデモナイ音を立てて見事なまでに真っ二つに折れ、怒気に近い霊圧を放出した剣八がその場を立った。

「俺が帰ってきたらテメェ等、奥に絶対ェ近寄んじゃねぇぞ。」

 そう一言だけ言い残し、スタンッと襖を乱暴に閉めその場を去った。

「いってらっしゃーいv」

 至極楽しそうにその後姿を見送る弓親に、一角は呆れを通しこしていっそ羨望とも取れる表情で。

「弓親…お前凄ェな…」

 一言だけ、呟いた。
 その一連のやり取りを一角の頭の上で聞いていたやちるは、『事の真相』を此の場で唯一知りつつも、唯、いつものように楽しそうに黙って笑顔を浮かべていた。



『何を言おうがコレばかりは仕様が無いじゃろ。』

 最後に、夜一さんはそう言って去っていった。…何故か黒猫に戻って。(そして服は置いていった)

「俺にどうしろっつーんだよ…」

 この服もだが、この事態も、だ。
 分かっているんだ。
 どれだけ俺が思っても、これだけはどうしようもない。
 『半年』、なんて。
 俺の力で、変えられるものじゃないんだ。
 だから、こんなちっぽけなものにだって縋ってしまうんだけど。

「ぅ…」

 思い出したらまた涙が出てきた…。
 何故か置いて行かれた夜一さんの服を握り締めながら、ぼとぼとと涙を零す。

「ぅ―――っ」

 俺は一体いつからこんなに女々しくなったんだろう、と思いながら、それでも止め処無く溢れ返る涙に視界を奪われていたら、

 ふと、影が差した。いきなりなんか暗くなったから、雨でも降るのかと上を見上げようとしたら、

――ばさっ

「ぅあぉぉおおおぅっ?!!!」

 雨じゃなくて、花が振ってきた。
 しかも、大量の真っ赤な薔薇が。

「はっ?!えぇっ?!!何っ?!」
「煩ぇな。」

 いきなりの事態にパニックになっていると、上から声が降ってきた。

「剣八っ!!」

 見上げた先に居たのは仁王立ちの剣八で、俺は更にワケが分からなくなる。

「えっ?!何コレ?何この大量の薔薇!!まさか剣八が買ってきたのかっ?!」
「悪いかよ。」
「えっ、何で?!っていうか、何でコレを俺にくれんの?!」
「あぁ?お前が泣いてるっつーからだろ。」
「…は?」

 なんで俺が泣いてたら薔薇を貰わなきゃならねぇんだ?
 意味が分からない、と首を傾げる俺に、剣八はドカリと乱暴に隣に座ると、ぼりぼりと頭を掻きながらぶっきら棒に言った。

「お前が!付き合って半年の記念を!俺が忘れたのが原因で泣いてたって…」

 剣八の其の台詞に、俺は意表をつかれて目を真ん丸くした。

「俺が泣いてた?」
「あぁ。」
「理由が、『半年の記念』を忘れてたから…?」
「………あぁ。」
「誰に聞いたんだ?ソレ…?」
「あ?やちると…弓親…」
「??? なんだソレ??」
「? ………違うのか?」
「え、だって、俺が泣いてたのは確かだけど、理由は…」



-所変わって十一番隊舎-


「チョコストロベリースペシャルパフェっ?!!!」
「うんっ☆」

 金平糖を食べ始めたやちるの歯止めが利かなくなるからと、代わりに尸魂界にある甘味処にカキ氷を食わせに来た一角と弓親が、頭の痛みを感じないのか、豪快に食べるやちるに大声で聞き返した。

「一ヶ月前から予告されてたチョコストロベリースペシャルパフェの発売が半年先に延期になっちゃったんだよっ☆いっちー、この前チラシ見てからかなり楽しみにしてたみたいだったからねっ♪半年も食べれなくなっちゃってすごくショックだったみたいだねっv」
「……………ま、マジかよ…」
「そ、そんなことで…?」

 あまりの衝撃の事実に、剣八を煽った弓親は真っ青になり、一角は呆れを通り越して眩暈すら覚えていた。

「そんなことでもなかったみたいだよっ☆あたしたちにとっては、半年なんてあっという間だけど、いっちーにとっては物凄く長い時間だったんじゃないかな?こっちでは良くあることでも、いっちー、あんまりこっちに来れないからね、ずっとずっと楽しみだったんじゃないかなー。」
「…に、しても…」
「それに振り回された俺達って…」
「っていうか、寧ろ更木隊長……」

(不憫………)

 以心伝心のように二人同時に脳裏に浮かんだ単語が、其の儘二人の表情に出た。

「…じゃぁ、なんであん時言わなかったんスか?」
「そうですよ!あの時副隊長が更木隊長に言ってれば、こんな事態には…」
「んー?だって…」



-また所変わりまして河原-


「……………………ほぅ………?」
「………ぇ、えへ?」

 事の真相を知った剣八が、怒りを顕に短く返答する。それをなんとか誤魔化そうとふざけてみるが、当然剣八に通じるわけも無く。

「それで、俺は…そんなくっだらねぇ理由で、態々馬鹿高い花束買ってきたってワケか…?」
「く、くだらないってなんだよっ!!俺にとっては一大事なんだぞ?!尸魂界で一番人気のある甘味処で!一ヶ月も前から楽しみにしてたパフェが半年も食えなくなったんだからなっ?!」
「…………………ょ……」
「え? なんだっ――っ?!」

――ガシッ

 剣八が低く小さな声で呟いたため、聞き返そうとするも、其の途中で腕を掴まれた。

「そんなにパフェが喰いてぇんだったら、今すぐ俺が作ってやるよ。」
「―――ぇ?」

 剣八が料理なんて、しかもお菓子を作れるなんて聞いたことが無い。
 しかも、この状況で『作ってやる』なんて言われて素直に喜べるはずもなく。

(な、んか…物凄く、嫌、な、予感…?)

「け、剣八?」
「但しイチゴに白い液体ぶっ掛けただけのモンだけどな?」
「やっぱりですか――――っ?!!!」

 予想していた通り、発音の違うイチゴと白い液体が指すモノに嫌な心当たりがある一護は絶叫を上げた。

(っていうかそれはパフェじゃねぇ―――!!!)


 其の日、大量の薔薇を抱えて脅える一護を肩に担いだ剣八が、十一番隊舎に戻ってくるなり奥へと籠もったため、一角と弓親は隊員が奥へと行かないように頑張る姿が目撃された。



純情な感情は空回り
『愛してる』の一言さえ、マトモには言えない


-了-


■後書■
壊れるほーど愛ーしてもー
1/3も伝ーわらなーい♪

と、いうわけで、シリアスに見せかけたギャグ小説でした。(笑)
冒頭の詩はこのオチを持ってくるためだけに借りた『1/3の純情な感情』でした。
でも考えてみれば、半年って1/2だよね!1/3じゃないよね!
…くそぅ。『1/2』を持ってくるべきだったか…。
話の分かる方だったら、なして剣客浪漫譚ばっかり持ってくるかな、と思われるでそうv(笑)
なにはともあれ、
本当に開設から半年続けられたのは皆様のおかげです!!
カウンターもいつの間にか壱万回っちゃいまして!!
重ね重ね御礼申し上げます!!
本当に有難う御座いました!!

※流石に歌詞は一部変えてます

蒼井奈都 拝



■オマケ■

「…だっていっちー、『剣ちゃんと半年付き合った記念』を祝うつもりでパフェ食べるつもりだったんだもん。」
「え…」
「一護が…?」
「剣ちゃんがそういうの疎いとか興味無いの分かってたみたいだからねー。でも特別な日だから、いっちーは自分ひとりでも祝うつもりだったんじゃないかな?」
「まぁ…そうやって楽しみにしてたモンが半年も延期になりゃァ…」
「周り巻き込んで落ち込むくらいには…なるか…」
「結局の所、くろにゃん(夜一)に『こればかりは如何しようもないんじゃから、半年後に一年の記念で食べればいいじゃろ』って言われて納得しようとはしてたみたいだったけどねー。」
「………副隊長…、もしかして、全部分かっててワザと隊長嗾けるよう、弓親を誘導したんスか?」
「ん?」
「一護が落ち込んでる理由知ってて、隊長と二人で祝わせるつもりで…」
「ふふっ☆」

 小さな桃色の副隊長が肯定も否定もせず笑うのを見て、一角は珍しくその小さな頭を撫でた。


どれだけ君を愛したら
この思いは届くのだろう
夢の中では確かに言えた筈なのに
言えない言葉が宙に舞う

-終結-