あの日あの時あの場所で
記号でしか無かったその数値は
トクベツなものになった
一護の内なる世界。
経緯出鱈目に走る世界の軸。
無茶苦茶なのは、重力か、揺るがぬ基盤か。
「…で…。なんで俺は此処に来てんだ…?」
「俺が引き込んだからに決まってんだろ。」
7月14日深夜。眠ろうと思ってベッドに横になり目を閉じた瞬間に落ちた先。精神世界の中心だか端だか分からないその場所に、唯佇んでいたのは自分の片割れ。──虚である斬零。
「…また、主従云々でバトろうってのか?」
「やっても良いが、今日は違うな。」
いつも好戦的な斬零にしては珍しく、どこか落ち着いた様子で淡々と言葉を返す。対し一護はどこか落ち着かない様子で、斬零と目を合わせようとしない。出来るなら早く元の世界へ帰りたい──…。そう思っているのは明らかだった。
「何をソワソワしてんだ?」
「…煩ぇ…」
「くっ 何だ?俺にヤられることのでも想像してんのか?」
「なっ!!違ェよ!!!」
いつもと違う一護を揶揄かうように斬零は笑う。其の笑みは、更に一護を焦燥感に引き込んだ。
「…苦手なんだよ…此処…。」
「自分の世界なのにか?」
「逆だ。自分の世界だから苦手なんだ…」
其れは、自分の心の内を、隠せないということだから。
──この男に対しては、隠す行為などさしたる意味も無いけれど。
「──俺に、見透かされるのがそんなに嫌か?」
「っ!!…あ、たりまえ…だろ…。」
喩えお前じゃなくたって、自分の心を誰かに見られるなんて、気持ちのいいものじゃない。
──落ち着かない。
「『俺』は『お前』なのにか?」
「──っ」
「否定は聞かねぇからな。」
「煩い…」
一番聞きたくない言葉。認めたくない。こんな、こんな…同じ姿でも『違う貌』を築くこいつが、『自分』だなんて。
「──一護…」
「──!!」
不意に、俯いた視界に影が掛かったかと思うと、いつの間にか目の前に斬零が来ていて。不安を湛える一護の頬にそっと手を添えると、視界を支配する。
触れたのは、微かな温度。閉じる世界。
「…あぁ。空が淀んできたな。」
「っ…」
動揺を手に取り玩ぶように斬零は一護を追い詰める。
抱き締めた腕は何よりも優しいのに。
落とされる言葉も。
布越しの低い体温も。
──怖いのは、何故…
「…そろそろ、か…。」
「え?」
唐突に呟かれた台詞の意味が分からず、一護は斬零に抱き締められたまま聞き返す。すると、斬零はふわりと雰囲気で笑みを落として。
「12時。」
現世での時刻を告げる。
一護にはまだその意味が解らない。この精神世界において、現世での『時間』という尺度など、あってないようなものだ。なのに何故、今更…。
一護が思考に耽っていると、其れを遮るようにまた触れるだけのキスをして、誰も聞いていないのに、声を潜めて耳元に。
「Happy Birthday Ichigo…」
「───っ!!!!」
ばっと、一護は勢い良く斬零から身を離す。落とされた台詞は、其れほどに有害で。
「な──っな、んで…」
「なんだ?そんなに意外か?俺がお前の誕生日祝うのが。」
そうじゃない。いや、意外だけど、そうじゃない…。重要なのは、『其処』じゃない。
だって。其の台詞は──…
「…覚えてるか一護?」
「え───?」
困惑した表情を浮かべる一護に、斬零は落ち着き払った様子で質問を投げ掛ける。
「お前が初めて死んだ、日の事を。」
「───っ?!」
余りに唐突過ぎる斬零の言葉に、声すらも出てこない。
「阿散井や朽木白哉に初めて会って負けた日のことじゃねぇぞ。…其の後だ。夏休みの前、浦原商店の地下勉強部屋で、『因果の鎖を断ち切られた』日のことだ。」
あの日、あの時。あの場所で。
黒崎一護は一度死んだ。
肉体から魂魄を引き摺り出され、胸から繋がる因果の鎖を断ち切られ。完全な、『幽霊』と成った。
「…其れから、絶望の縦穴に堕とされて三日。お前は『整』ですらも無くなった。」
「──っ止めろ!!!」
耳を塞ぎ頭を抱え、一護はその場に蹲る。
思い出したくもない、──『堕ちる』恐怖。
共喰いを終えた因果の鎖は自我を保つ薄い膜すらも喰い破り、
『内側からお前を呼び醒ました』。
どれだけ抵抗しても敵わない。内面の淵からの濁流が堰を切って溢れ返る恐怖。自分を手放しそうになる感覚。支配を、主従を奪われる戦慄。
陥落する、自分。
総ての冷えた恐怖を思い出し、一護はガタガタと脅え震える。自分で自分の肩を抱く其の姿は、余りに痛々しく。
「一護…。」
「…ぅ、るさ…っ ぃ…っう──…」
嗚咽を堪える細い肩をそっと抱き締める。けれど、言葉は緩めずに。
「『あの日』が『何日』だったか、覚えてるか…?」
「ぇ───…?」
あの日。一護が死んでから三日後。虚に堕ちかけた日。あれは…たしか夏休みの始まる前だから───…
「あ──」
「気付いたか?」
そうだ、確か…。あの日も確かそう。
「7月、15日───…」
だっ、た。
時間の感覚が無い奇妙な部屋だったから忘れていた。否、『知らなかった』。指折り数えて逆算して、漸く辿り着いたあの日の数字。
7月15日。誕生日。俺が、『黒崎一護』が生まれた日。
そして。
俺が『虚』に堕ちかけた日。
俺の『虚』が、生まれた、日───…。
「───…」
呆然としていた一護の瞳から、今まで堪えていた涙が落ちる。それは、一瞬間前まで自分を支配していた『恐怖』ではなく───…
「俺がお前を此処に呼んだ理由、分かったか?」
「…っ回りくどいんだよお前っ!」
「それも『お前』なんだけどな?」
「煩いな!!」
拭い去られた恐怖感と焦燥感。其の先にあったのは、こんなにも近くに居たこの存在。
「──それで?お前から何か言うことは?」
ニヤニヤとした笑みを向けてくるこいつが妙に腹立たしい。
それでも、ごしごしと乱暴に涙を拭いて、今度は一護から斬零に抱きついた。自然に近くなる耳元に、悔しいから小さい声で一回だけ。
「Happy Birthday Zakuro…」
自分の死神としての力を引き出す前。陥落しかけた俺が『逢っていた』筈の虚。自らの片割れ。
嗚呼───そうだ。
俺は、斬月よりも先に、『お前』に出遭っていたんだ───。
あの日あの時あの場所で
記号でしか無かったその数値は
今日この日この場所でまた
トクベツなものになる
-了-
■ヒトリゴト■
原作捻じ曲げ過ぎな捏造作品。まぁ、とにかく一護も斬零も誕生日オメデトウvってことで。