0715

あの日あの時あの場所で
記号でしか無かったその数値は
トクベツなものになった



 一護の内なる世界。
 経緯出鱈目に走る世界の軸。
 無茶苦茶なのは、重力か、揺るがぬ基盤か。

「…で…。なんで俺は此処に来てんだ…?」
「俺が引き込んだからに決まってんだろ。」

 7月14日深夜。眠ろうと思ってベッドに横になり目を閉じた瞬間に落ちた先。精神世界の中心だか端だか分からないその場所に、唯佇んでいたのは自分の片割れ。──虚である斬零。

「…また、主従云々でバトろうってのか?」
「やっても良いが、今日は違うな。」

 いつも好戦的な斬零にしては珍しく、どこか落ち着いた様子で淡々と言葉を返す。対し一護はどこか落ち着かない様子で、斬零と目を合わせようとしない。出来るなら早く元の世界へ帰りたい──…。そう思っているのは明らかだった。

「何をソワソワしてんだ?」
「…煩ぇ…」
「くっ 何だ?俺にヤられることのでも想像してんのか?」
「なっ!!違ェよ!!!」

 いつもと違う一護を揶揄かうように斬零は笑う。其の笑みは、更に一護を焦燥感に引き込んだ。

「…苦手なんだよ…此処…。」
「自分の世界なのにか?」
「逆だ。自分の世界だから苦手なんだ…」

 其れは、自分の心の内を、隠せないということだから。
 ──この男に対しては、隠す行為などさしたる意味も無いけれど。

「──俺に、見透かされるのがそんなに嫌か?」
「っ!!…あ、たりまえ…だろ…。」

 喩えお前じゃなくたって、自分の心を誰かに見られるなんて、気持ちのいいものじゃない。
 ──落ち着かない。

「『俺』は『お前』なのにか?」
「──っ」
「否定は聞かねぇからな。」
「煩い…」

 一番聞きたくない言葉。認めたくない。こんな、こんな…同じ姿でも『違う貌』を築くこいつが、『自分』だなんて。

「──一護…」
「──!!」

 不意に、俯いた視界に影が掛かったかと思うと、いつの間にか目の前に斬零が来ていて。不安を湛える一護の頬にそっと手を添えると、視界を支配する。

 触れたのは、微かな温度。閉じる世界。

「…あぁ。空が淀んできたな。」
「っ…」

 動揺を手に取り玩ぶように斬零は一護を追い詰める。
 抱き締めた腕は何よりも優しいのに。
 落とされる言葉も。
 布越しの低い体温も。
 ──怖いのは、何故…

「…そろそろ、か…。」
「え?」

 唐突に呟かれた台詞の意味が分からず、一護は斬零に抱き締められたまま聞き返す。すると、斬零はふわりと雰囲気で笑みを落として。

「12時。」

 現世での時刻を告げる。
 一護にはまだその意味が解らない。この精神世界において、現世での『時間』という尺度など、あってないようなものだ。なのに何故、今更…。
 一護が思考に耽っていると、其れを遮るようにまた触れるだけのキスをして、誰も聞いていないのに、声を潜めて耳元に。

「Happy Birthday Ichigo…」
「───っ!!!!」

 ばっと、一護は勢い良く斬零から身を離す。落とされた台詞は、其れほどに有害で。

「な──っな、んで…」
「なんだ?そんなに意外か?俺がお前の誕生日祝うのが。」

 そうじゃない。いや、意外だけど、そうじゃない…。重要なのは、『其処』じゃない。
 だって。其の台詞は──…

「…覚えてるか一護?」
「え───?」

 困惑した表情を浮かべる一護に、斬零は落ち着き払った様子で質問を投げ掛ける。

「お前が初めて死んだ、日の事を。」
「───っ?!」

 余りに唐突過ぎる斬零の言葉に、声すらも出てこない。

「阿散井や朽木白哉に初めて会って負けた日のことじゃねぇぞ。…其の後だ。夏休みの前、浦原商店の地下勉強部屋で、『因果の鎖を断ち切られた』日のことだ。」

 あの日、あの時。あの場所で。
 黒崎一護は一度死んだ。
 肉体から魂魄を引き摺り出され、胸から繋がる因果の鎖を断ち切られ。完全な、『幽霊』と成った。

「…其れから、絶望の縦穴に堕とされて三日。お前は『整』ですらも無くなった。」
「──っ止めろ!!!」

 耳を塞ぎ頭を抱え、一護はその場に蹲る。
 思い出したくもない、──『堕ちる』恐怖。

 共喰いを終えた因果の鎖は自我を保つ薄い膜すらも喰い破り、

『内側からお前を呼び醒ました』。


 どれだけ抵抗しても敵わない。内面の淵からの濁流が堰を切って溢れ返る恐怖。自分を手放しそうになる感覚。支配を、主従を奪われる戦慄。

 陥落する、自分。

 総ての冷えた恐怖を思い出し、一護はガタガタと脅え震える。自分で自分の肩を抱く其の姿は、余りに痛々しく。

「一護…。」
「…ぅ、るさ…っ ぃ…っう──…」

 嗚咽を堪える細い肩をそっと抱き締める。けれど、言葉は緩めずに。

「『あの日』が『何日』だったか、覚えてるか…?」
「ぇ───…?」

 あの日。一護が死んでから三日後。虚に堕ちかけた日。あれは…たしか夏休みの始まる前だから───…

「あ──」
「気付いたか?」

 そうだ、確か…。あの日も確かそう。


「7月、15日───…」


 だっ、た。
 時間の感覚が無い奇妙な部屋だったから忘れていた。否、『知らなかった』。指折り数えて逆算して、漸く辿り着いたあの日の数字。

 7月15日。誕生日。俺が、『黒崎一護』が生まれた日。
 そして。
 俺が『虚』に堕ちかけた日。
 俺の『虚』が、生まれた、日───…。

「───…」

 呆然としていた一護の瞳から、今まで堪えていた涙が落ちる。それは、一瞬間前まで自分を支配していた『恐怖』ではなく───…

「俺がお前を此処に呼んだ理由、分かったか?」
「…っ回りくどいんだよお前っ!」
「それも『お前』なんだけどな?」
「煩いな!!」

 拭い去られた恐怖感と焦燥感。其の先にあったのは、こんなにも近くに居たこの存在。

「──それで?お前から何か言うことは?」

 ニヤニヤとした笑みを向けてくるこいつが妙に腹立たしい。
 それでも、ごしごしと乱暴に涙を拭いて、今度は一護から斬零に抱きついた。自然に近くなる耳元に、悔しいから小さい声で一回だけ。


「Happy Birthday Zakuro…」


 自分の死神としての力を引き出す前。陥落しかけた俺が『逢っていた』筈の虚。自らの片割れ。


嗚呼───そうだ。
俺は、斬月よりも先に、『お前』に出遭っていたんだ───。



あの日あの時あの場所で
記号でしか無かったその数値は
今日この日この場所でまた
トクベツなものになる

-了-


■ヒトリゴト■
原作捻じ曲げ過ぎな捏造作品。まぁ、とにかく一護も斬零も誕生日オメデトウvってことで。