REAL

目を 閉じて
息を吸う

深く
深く
ゆっくりと

目を 開けて
息を止めた。


そして俺は
 10億個の毒を吸う。



「何してんだお前。」
「…お前に関係ない。」

 内面世界に落ちて、話しかける斬零の言葉を全て無視して、俺は只管横になって目を閉じる。
 寝ている訳ではない。
 ただ、目を閉じる。

「関係あるだろ。いきなり来たかと思えば、人の存在シカトで終始寝てるだけかよ。」
「煩い。俺の世界だ。俺がどうしようと勝手だろうが。」

 狡い、と。
 卑怯、だと。
 分かっていて、言葉を吐く。

 そうすれば、斬零は一言、

「…そうかよ。」

 そう呟いて、俺に背を向けた。
 他にも言いたいことはあるんだろう。
 それを分かっていて敢えて、俺は何も言わない。
 斬零も何も言わない。
 だから、俺は 、

「ああ。」

 とだけ、短く呟いて。


 また、目を閉じた。



 広い、世界。
 縦横の狂った、世界の経緯が歪んだ、この世界。
 それを満たす10億の毒を、『彼女』なら、

"ether"

 そう、呼んだのだろうか。


「…………」


 けれど。
 もしもこれがそうだとしても。
 俺のそれは、限りなく穢れているんだろう。
 そもそも、そんな名前をつけることすら、出来ないほど。

 何故なら。

「俺にリアルはない。」

 この手で、世界に触れてみる。
 感触は残る。
 当然だ。
 固い、無機質なコンクリート。
 調律の取れた、バランスで保たれている、接合された礫の集合体。
 でも、其れも、現実であるだけで、リアルじゃない。
 リアルではない。

 この手で、異世界に触れてみる。
 空気の上に、立つという感覚。
 この世成らざるものにこの手で触れる。
 感触は、現実と同じ。
 斬月を手に、その刃の先の、肉を絶つ感触。
 生々しく香る、鉄錆の匂い。
 頬に掛かる、返り血の温度。
 感触は、現実と同じ。
 でも、此れも、現実と似るだけで、リアルじゃない。
 リアルではない。


「俺に、リアルはない。」




 不意に、鼻先に突きつけられる、白い斬月。

「…物騒だな。」
「そうだな。」
「………」
「………」

 コイツも、感じているのだろうか。
 この広い、広い世界を満たす、『10億個の毒』を。

「半透明の血飛沫」
「灰色の決意」
「石版の空」
「純粋色の田園」
「水の燭台」
「コンクリィトの楽園」
「合せ鏡の待ち合わせ」
「黄昏の影武者」
「アラベスク」
「サンプルの天使」
「極彩色の鴉」
「壊れた差し金」
「エーテル」
「…エーテル。」
「俺たちの、」
「………、チープな、

『リアル』



…………………。




 突きつけられた白い斬月は、風に溶けて。
 残ったのは、白い  、    …

「斬零。」
「………」
「キスしろ」
「…仰せのままに。」

 手を、伸ばして、『虚』に触れた。

 滑る肌の感触も
 指を擽る髪の感触も
 触れる唇の温度でさえ

 『彼』にリアルはあっても、真実はない。


「…… 、      」


 呟いた言葉の、音を消して。
 俺の白いエーテルが、穢れる前に。



手に、残る。
虚の感触。
俺が殺した、虚の感覚。
俺が触れた、自分の虚。

手に、残る。
 それだけが、俺のリヤル。




-了-



BGM:Lily Chou-Chou