俺が何を言っても
俺が何を思っても
きっともう
お前には関係ない
「いいんか。こんなことしとって。」
白いシーツの上。気だるい身体を持て余すように投げ出して、荒い息を整える。下から布団を引き寄せると、素肌にくすぐったい感覚が、何故か心地良かった。冷たいシーツは火照った身体を程よく冷まして、心地良い眠りへと誘い始める。
そんなまどろみ始めた感覚の中で、掛けられた言葉だった。
「…何のことですか?」
「分かっとるやろ。」
「………」
この人、瑞垣の台詞の裏なんか昔から分かっているのに、未だに惚けたフリをする。その答を、自分で出すのが億劫だったからだ。
「誤魔化すんも良いけどな。いつまでも逃げてはおられんやろ。」
何だってこの人は、いつもこう、人の核心に迫ろうとするのだろうか。気付かなければいいことに、気付いてほしくないことに、平気で触れてくる。気付かなければいいのに。気付いたとするなら、放っておいてくれればいいのに。
「…永倉、だっけか。引退してから彼女出来たんだって?」
「あぁ。1年のときから惚れられてた子。素直で可愛いんだってよ。」
「ふぅん。お前とは正反対じゃな。」
「………」
煩い。そう思っても、何故か言い返せなかった。
「………アンタには、関係ない話だよ。」
そう。
そして、もう俺にも関係ない話だ。
俺が豪に何も言っても、何を思っても。
「俺はもう、豪のピッチャーでもバッテリーでもなんでもない。」
野球部を引退してしまえば、もう、豪とは他人なんだ。分かってた。1年の頃から分かってた。寧ろ自分でそれを決めていた。自分にとって豪は、野球以外では必要なんかない存在だ。ただ、自分の球を取ってくれる存在が居れば、それでいい。その器が、豪しか居なかったから、野球をやる上で必要だっただけだ。
ただ、それだけ…
「…悲しい話じゃな。」
さらり、と。
俺の髪を撫ぜながら瑞垣が呟く。それは独り言のように思えて、しかししっかりと自分に向けられた言葉。
それが何を意味するのか。分かっているから、苛立ちが収まらない。
「泣いとんのか。…巧。」
「ぅるさい…」
頭を撫ぜる手を振り払って頭を布団に潜り込ませる。泣き顔なんか、誰にも見せたくない。人前で泣きたくなんかない。今までだってそうだった。自分の弱いところなんか、他人に見られて同情されるのも憐れまれるのも嫌だった。
でも、豪だけは、違った。
豪だけは、ただ、受け入れてくれた。自分の弱さも、崩れたところも、ただ、受け止めて、静かに自分の気が収まるのを待っていてくれた。
だから、豪の前では泣くことができた。そんな自分が最初は嫌で無様で苛立って仕方なかったが、如何してだか、豪にはそんなところばかり見られているような気がする。それでも、豪の前では、縋ってしまう自分が、居た。
でも、豪以外の他人に、涙を見られるのは、自分の存在を消してしまいたくなるほど嫌だった。
そう思っているのに、この人はそれを許してはくれない。潜り込んだ身体を無理矢理抱き込んで、あやす様に、また頭を撫ぜ始める。
「…そんなにショックなら、言ってしまえば良かったんじゃ。」
何をだ、とは聞かない。自分が一番その答えは分かっているから。でも、言える訳がない。そんな、こと。
何が、『野球で必要なだけ』だ。
何が、『バッテリー』だ。
何が、『引退すれば他人』だ。
そんな答じゃ、自分が一番納得してないじゃないか。
「『あきのたの ほむきのよれる かたよりに きみによりなな こちたくありとも』…かな。」
「………そんなの、もう手遅れだ。」
もう、終わったことなんだ。手遅れなんだよ。引退もした。バッテリーもこれで終わりだ。受験する高校も違う。俺はまた、違うバッテリーを探すんだろう。豪は、高校では野球を続けるんだろうか。それとも、親が許さないだろうか。続けるとしても、豪もやっぱり、自分ではないピッチャーを探すだろう。
ピッチャーでなくとも。高校でも、あの『彼女』とは、ずっと一緒に居るんだろう。
やっぱりもう。
手遅れなんだ。
「───豪…」
俺が何を言っても
俺が何を思っても
もう、お前には、関係無い──…
-了-