消えない音、消さない声。(封神-楊ゼンx太公望)

相も変わらず緊張感の無いこの国では、首都の残虐事件も地方の自然災害も、所詮は他人事。決して自分の身には降り掛らない不幸の符合。
そう信じて病まないこの国の街往く人々は、今日も誰かと繋がりたくて、手の平に小さな機械を握り締めて足早にすれ違う。

「…変わったのう。この国も…。」

そんなに誰かとの繋がりが欲しいというのであれば、何も顔も知らぬ、素性も知れぬ何奴かと電子粒子で連絡を取らずとも、身近な誰かに声を掛ければ済むことだろうに。

「…ふ。わしが言えたことでも無いか。」

向けられる視線の意味がいつか変わるのでは、と。いつも怖れて彼奴から逃げ回ることしかしないわしが…。

「…そんなに、良いものなのかのう。『携帯電話』という奴は…。」

忙し無く手元で扱われる小型の機械を見やりながら、ぼんやりと呟いてみた。

「試してみます?」
「───っ?!!」

いきなり耳元に落とされた声に驚き、声が霞めた耳を押さえながら勢い良く振り向いた。其処に居たのは案の定、

「──っ楊ゼン!!」
「はい、師叔。前回御逢いしてから80年振りくらいですかね?声だけなら、5年振りですね。今回も随分と探しましたよ。」

にっこりとした笑みを浮かべて、声色は何処までも優しいのに、腕は逃がさないとでも言わんばかりに首に巻き付いた侭である。

「…相変わらず、逢えば嫌味しか口にせぬ…。」
「それは師叔が逃げ回るからでしょう。」

其れに対してはこちらの気負いもあるというのに、また相変わらずこの男は毛ほども理解しようとはせぬ。…否、寧ろ分かっていて敢えてそうしているのか。
思考に更ける侭に黙り込めば、すい、と目の前に出される小さな機械。

「──?」
「師叔が先程口にしていた『携帯電話』ですよ。最近の機器は音質も凄いらしくて。機械越しだというのに、まるで耳元で喋られているように聞こえるらしいですよ。」
「…へぇ。」

機械を空に翳すように、軽く自分の視線の位置まで持ち上げながら適当に相槌を打つ。

「試してみます?」
「どうやって。」
「僕が今から中国へ飛び、其処から電話を掛けてみるとか。」
「『電波』とやらが必要なんだろう?其処まで届くのか?」
「心配要りませんよ。ちょっと細工してあるんで、仙人界にも電波が届くようにしてあります。」
「…何やっとんだ…。」

才能の無駄遣いだ、と呆れてみせても、この男は唯嬉しそうに微笑むだけ。
全く。毒気も抜かれるというものだ。

「良いぞ。」
「え。」

呆けた顔をした楊ゼンに、揶揄かうように笑ってみせる。

「たまには、お主の遊びに付き合うのも悪くない。」

ちょっとした気まぐれではあったのだが、言った途端に余りに嬉しそうに笑うものだから、何だか後に退けなくなった。

──ピルルルルルっ♪

程無くして、無機質な機械音がけたたましく鳴り響く。

「もしもし?」
『師叔?』
「っ」

一瞬、息が詰まった。

『師叔?』
「…なんだ。」
『嗚呼、良かった。きちんと繋がりましたね。』
「あ、あぁ。」

しまった。文明の利器をナメていた。

『師叔の声も綺麗に聞こえますよ。』
「…そうか。」

今の科学はこんなにも正確に、音を再現出来るというのか?…正直、これは…

『師叔はどうです?』
「え?」

いきなり問われて、答えに詰まる。

『僕の声。きちんと届いていますか?』
「──っ!」

きちんと、
届いて。
いるかだと?

───そんなもの。


「──っ駄目だ!!」
『えっ?!!』
「やっぱり携帯電話とやらは好かん!」
『え、えぇっ!?』

突然、火の着いたように怒鳴り出したわしに、受話器越しに慌てている楊ゼンの様子が伝わってくる。

「わしはもう切るからな!」
『ちょ、ちょっと待って下さいよ師叔!せめて理由くらいは聞かせて下さいよ!!』
「理由も何もあるか!こんなもので会話なぞ続けていたら、

『       』!!!!!」


───ブツッ!!!


殆ど八当たりの状態で、叫ぶだけ叫んで電源を切った。
プーップーップーッという、何とも間抜けな電子音を微かに耳に入れながら、その場に思わずしゃがみ込んでしまう。

「────はぁ…。全く人間は、碌なものを作らんな…。」

赤くなった顔を隠しても、耳元で反芻する声だけは、どうやっても消せないらしい。

耳元で囁かれる、なんていうレベルの話じゃない。
もう、アレは直ぐ背後に居るんじゃないかと錯覚させる程。

「…、あんなもの、普段から聞かされていたら、わしの身が持たん…。」

ため息と共に見上げた空は、相変わらずビルに囲われて狭そうにしていた。

──そんな、眩しいある日のこと。



+ + +





「──あー失敗したなぁー。」

この機械があれば、次は師叔に簡単に逢えるかな、とか。そうでなくとも、せめて離れて居ても声くらいは聞けるかな、と。
思った自分が何如やら浅墓だったらしい。

「っていうか、あんな科白言われたら、もうどうしようもないよなぁ…。」

電源から切られてしまったため、もう掛けても繋がらない電話を眺めながら、先程の師叔の科白を反芻しつつ、恐らくもう日本からは逃げているだろう彼を今度はどうやって捕えようかと考える。


『理由も何もあるか!こんなもので会話なぞ続けていたら、蛇の生殺しのようで、嫌でもお主に逢いたくなるわ!』


「…僕の方は、一向に構わないんだけどなぁ。」

呟いて、見上げた空は。
遮るものも無く青く広がっていて、

太公望の自由さを思い出させた。



-了-



■ヒトリゴト■
…携帯電話のCMをぼーっと見ながら、思いついたネタ。
一生懸命鰤で合うCPを探したが、見つからなかったので封神演義の楊太で落ち着いた。
…というか、楊太にしかならなかったんだ…orz
封神演義好きの友達に夜中メールを送りつけた(テラ迷惑www)ら、意外と喜んでくれたので良かったww
一応プレゼント物です。