不安なのは、自分すらも見えない事じゃ なくて
「──…ハァ…。」
「…どうしたんだ?黒崎…」
剣八と喧嘩した次の日、一護はまた冬獅郎のところに来ていた。他に行く所がなかったからなのだが、冬獅郎は嫌がりもせず一護の話を聞く。
「ん──…。昨日、剣八と喧嘩して…」
「…いつものことじゃねぇか。」
剣八が何かやらかして、一護がキレるなんてよくあったことだと冬獅郎は言った。しかし…
「多分、そんなんじゃない…。」
結局あの後、剣八は部屋に帰っては来なかった。蒲団の中で眠っているやちるを抱きながら、一護は一晩中一睡もせず夜を過ごした。そのまま朝を迎え、やちるの着替えを手伝い剣八を探しにいくと言ったやちるを見送った後、十番隊へと来た。
『いっちーも一緒に行かない?』
やちるにそう聞かれたが、剣八に嫌われているかもしれないと思ったら、足は動かなかった。
「───…俺、剣八に嫌われたかもしんない。」
そう言ってソファの前のテーブルに頭を乗せ項垂れる一護が痛々しくて、冬獅郎は書類を整理していた手を止め一護の隣に座る。クシャッと一護のオレンジ色の頭をなで、一護に微笑みかけた。
「お前がそんな事言い出すなんて、一体どんだけ派手な喧嘩だったんだ?」
「────…っとぉしろぉ───っ」
その笑顔が優しくて、一護は思わず冬獅郎に抱きついて泣き出した。そのことに冬獅郎は内心激しく動揺しながらも平然を装いながら、一護の背中を擦って宥めながら話を促した。
「分かった。分かったから、何があったか話してみろよ。──いくらでも、聞いてやるから。」
その台詞に、一護は胸の中心からじんわりと染みてくる温かさを感じながら、冬獅郎に回された腕に力を込めた。
(───…こりゃ、暫く隊主室には入れないわね。ラッキ☆仕事サボって甘味処行って来よーっと♪)
隊主室の前で中の様子を伺っていた乱菊は、これ幸いとばかりに早足でその場を後にした。
一方その頃剣八は、
「剣ちゃんはっけ──んっ♪」
「ゲッ!!やちる…」
探しに来ていたやちるに捕まっていた。
昨夜勢いで部屋を飛び出したはいいが、行くアテがなく、適当に歩き回り偶然見つけた桜の木の上で酒を呑みながら一夜を過ごした。
一晩中酒を呷りながら考えていた事は――…
どうすれば、一護を傷つけることなく一護の記憶を取り戻すか──…だった。
このまま自分が傍に居れば、確実に自分の欲望だけで一護を傷つけてしまうだろう。しかし、かといって突き放してしまえば、また昨晩のように傷つけてしまう。一護の記憶を取り戻しやすいようにと自分の傍に居るのに、そのせいで一護を傷つけていたのでは全く意味が無い。
どうすればいいのか───…
その答えは、まだ出ていなかった。
「剣ちゃーん。ね、帰ろ?いつまでもこんなところに居ないでさ。」
そんな剣八の胸中を知ってか知らずか、やちるは剣八に帰ろうと言ってくる。
「…帰るんならお前一人で帰れ。俺はまだ此処に居る。」
しかし、まだ答えが出ていなかった剣八は、まだ戻る訳にはいかないと、頑なに言い返す。
「…剣ちゃん、いっちー泣いてたよ。」
「!」
そんな剣八に、やちるは昨晩剣八が部屋から出ていった後ずっと一護が泣いていた事を告げる。
「剣ちゃんが居なくなってからずぅ──っと。やちるが寝てるときも泣いてた。今朝だって、いっちー物凄く辛そうな顔してチビシロちゃんトコ行って来るってゆってたし…」
「………」
「ねぇ、剣ちゃん。もういっちーのこと嫌いになっちゃったの?だからあんなコトゆったの?」
「んなワケねぇだろ!!!」
寧ろ好きで大切で仕方ないからこんなことになっているのだ。好きだから大切で、大切だから傷つけたく──…無かった。
「でも、だったらなんでいっちー泣かせるの?なんでいっちーに冷たくするの?」
「───泣かせたい、ワケじゃねぇよ…っ!」
剣八は搾り出すように声を出す。心の奥が締め付けられるような声を、やちるは初めて聞いた。自分を名付けてくれた時、剣八自身に名前が無いと告げた時のの淋しい声とも、一護に負けて更に強くなりたいと願った切望の声とも違う。聞いている方も身を裂かれるような辛く切ない声。幼いやちるには詳しい事情も剣八の本心も分からなかった。けれど、たった一つだけ、苦しんでいる目の前の大切な人に自分が何を出来るのかという事だけは、分かっていた。
「剣ちゃん、言わなきゃダメだよ。いっちーが好きなんだったら、泣かせたくないんだったら、言わなきゃダメだよ…。剣ちゃんがどれだけいっちーのこと好きなのか、いっちーは忘れちゃってるんだから。」
「………」
「でないと、誰かに捕られちゃうよ?…前みたいに。」
「!」
やちるのその言葉を聞いて、剣八は一護を初めて抱いた時のことを思い出した。あの時は、まだ自分は一護に惹かれていることも気付いていなかった。ただ、一護を追い回していたのは『闘争心』だけであると、そう思っていた。だから、他の誰かに捕られそうになったとき、酷く狼狽した自分に驚いた。済し崩しの形で恋人になってからは忘れていたが──…
また、あんな思いをするというのか。
自分の知らないところで、自分が特別に思っている人が他の誰かの手に堕ちていくのを
唯、眺めていなければならないのか───…
「───っやちる!戻るぞ!!」
剣八は素早く立ち上がると全力で走り出した。
「っうん!!」
やちるはこの上なく嬉しそうな顔で剣八の背中に飛びついた。
二人の向かう先は唯一つ。一護と冬獅郎の居る十番隊へと、迷うことなく突き進んだ。
「──っつうことなんだけど…。」
「………なんていうか…。難儀な性格してんな、お前等…。」
一護の一通りの説明を受けた冬獅郎は、溜息を吐くことも忘れ、呆気に取られていた。
剣八の性格からしても無器用な愛情表現は分からないでもないが、一護の恋愛感情の鈍さには思わず感心してしまいたくなる程だ。身体が先に反応を返したことに不安を感じるのはともかく、感情だって十分剣八に傾いている事は明白だ。にも関わらずその感情・感覚を『恋』だと気付かないのは相当一護が鈍いのだろう。
「──…黒崎、お前さっき『嫌われたかも』とか言ってたな。」
「え?──うん。」
突然向けられた自分への質問に、一護は素直に頷く。
「それは、『更木に嫌われたくない』と言っているととって構わないのか?」
「──…う、ん?」
至極真面目に問うてくる冬獅郎の質問に、一護は困惑した。確かに、その言葉の裏を返せばそういうことになる。『嫌われたかも知れない』と思った時、とても悲しくなったのは事実だ。ということは、『嫌われたくない』ということになる。
「『嫌われたく、ない』───…?」
「──ってことは、黒崎は更木が『好き』だと解釈してもいいってことになるな。」
「ぅえ?───アレ?え?えぇ??いや、ちょっと待って?!」
冬獅郎の解釈に酷く混乱し始めた一護は、頭を掻きながらうろたえた。何度も道順を辿っては逡巡し、巡回してまた戻ってくる。そんな一護を見て、冬獅郎は苛立った様に一護に聞き返した。
「違うのか?」
「………ち、がわない…と、思…う。」
それに対し一護は、困惑しながらも答えた。
(───そうだ、俺…)
「剣八が、好き…なんだ…。」
確認というよりは再認識するように、一護は復唱する。
そうだ。あの心臓が壊れてしまうのではないかという程の高鳴りも、胸の中心が温かくなる感覚も、身を切り裂かれるような痛みも──…全て、剣八が好きだから湧きあがってくるモノなのだ。
無意識に両手で自分の胸を押さえ、やっと自分の感情に気付いた一護を見て、誰にも分からない程小さく冬獅郎は溜息を吐いた。そして、本当は告げたくない真実を、一護に向かってゆっくりと話す。
「──お前が、更木を好きな限りは、更木が黒崎を嫌うようなことはねぇよ。」
「………冬…」
「更木が黒崎を大切に思っていることは、誰が見たって一目瞭然だからな。寧ろ更木がお前を嫌うとこなんか想像もつかねぇよ。」
「──…でも…」
なかなか信用しようとしない一護の肩を冬獅郎が掴み、真正面から見据える。
「俺が、信用できないか?」
「──違っ!そんなワケない!!」
眉尻を下げ、少し苦笑気味に言う冬獅郎に慌てて訂正を入れる。それでも冬獅郎が悲しそうに見えた一護は、冬獅郎を抱き締めて後ろに倒れる。
「──っオイ、黒…」
「…悪ィ。冬獅郎にそんな顔させるつもりじゃなかったんだ…。ただ、自信が無かっただけで…。」
剣八に、愛されているという自信が無かった。それは、記憶を無くした事からくる不安なのかは分からなかったけど。
「──俺が、冬獅郎信用してないワケないじゃん。してなかったら相談になんて来ないよ。寧ろすっげぇ頼りにしてる。」
「…黒崎…」
突然の感覚に戸惑い恐怖すらも覚えた時、詳しい事情を聞こうともせず、ただ談笑に付き合って心を落ちつかせてくれたのも、今だって、馬鹿みたいな自分の不安を聞いて氷でも溶かすように取り除いてくれたのも冬獅郎だった。
「…冬獅郎と居ると落ちつくな…。安心する。」
冬獅郎を抱き締める腕に力を込め、銀色の髪に顔を埋める。微かに、冬獅郎の匂いを感じた。その時ふと、一護の中に馬鹿な考えが過った。
「──?黒崎…?」
少し様子の違う一護に気付き、少し頭を持ち上げて一護の様子を伺った。そんな冬獅郎の額に一護は軽く口付けた。
「!──なっ」
そして、先程過った想いを、偽る事無く告げる。
「…俺…冬獅郎選べば良かった…」
「──黒」
突然の告白に冬獅郎が驚いて一護を呼んだ瞬間、十番隊隊主室のドアが荒々しく開かれた。
-続-
修羅場突入前夜です!!(は?)今度は一護が想定外の動きをしやがりましたvちなみに一護は浮気じゃないですよvvって本気でもありませんが(何の話)。ってか剣ちゃんが相変わらずヘタレです…。うーん。私カッコイイ剣ちゃんが好きなのに…。(説得力無い)