心身剥離症候群
3.Peel
カラダだけで良かったんだ
なんて、『キレイゴト』
やっぱり俺には言えなくて
欲しがる心を差し置いて
繋げる躯が限界を告げる



「──もう、仕舞いだ。」

 その一瞬だけ、耳なんか壊れてしまえばいいと思った。

「──は…?」
「もう止めだっつったんだ。もう、抱かねぇよ。」

 突然の彼の科白に、脳が理解を拒んで気の抜けた音が喉から漏れた。呆然とする俺に追い討ちを掛けるように、彼ははっきりと終幕の科白を告げる。

「此処等が潮時だろ。これ以上続けても意味がねぇ。」
「は…っ」

 正論の如くに自分勝手なコタエを吐くコイツに、渇いた笑いが毀れる。

 違うだろ。
 そうじゃねぇだろ?
 はっきり言えよ。
 『飽いた』んだと。
 回りくどいのは好きじゃねぇ。
 俺もお前もそういう性分だった筈だぜ。

 心の中で毒づく科白も、本当の終焉を見る恐れから、喉から上に上がってくる気配は無く、重い塊となって喉を押し潰す。

 分かってたことじゃねぇか。
 元よりコイツが好き勝手に始めた関係だ。
 否、関係などとも呼べぬ、唯の一方的な繋がりだ。
 コイツが一言言えば、いつだって終わるモノ。
 遠くない『イツカ』は、来るって分かってたじゃねぇか。

 嗚呼、畜生。
 こんなにはっきりと『コタエ』を貰っても、まだ諦めきれないで居るのか、俺は…。

 随分と身勝手に己に付けられた手綱を放されても。
 まだ俺は、コイツの元を離れられないで居る。
 『放すな』と、『止めたくない』と、言えもしないのに。

 …言え、る、ワケが、ねぇだろ…?
 結局は、俺はコイツにとって、首から下が必要なだけの、玩具なんだと。
 思い知らされることが何よりも怖いのに…。

「良かったじゃねぇか。カラダ壊すほど厭だったんだろ?テメェにゃ好都合だ。」
「何…言って…」

 何も言えずに押し黙って俯いて、輪郭がぼやけるのを必死で止めようとすれば、ワケの分からないことを言ってきた。

「俺に抱かれんのが厭だったんだろ?物食えなくなるくれぇ追い詰めたみたいで悪かったな。」

 何処へなりとも、好いてる奴の所へ行けば良いと。俺の顔を見ようともせず言うコイツが、何を言いたいのかが分からない。

 待て。何だ其れは。其の言い方は、まるで。
 まるで、俺が悪いみたいな言い方じゃねぇか──…。
 俺が、お前を拒むから、お前が捨てるみたいに、聞こえんじゃねぇかよ…。

「…──」
「──じゃァな。」

 その真意を知りたくて、声を掛けようとする矢先に立ち上がり、雑然と着込んだ着流しをそのままに、部屋から出て行こうとする彼を引き止めたくてその袖を掴んで立とうとすれば、

──くらりと、

 突然の眩暈が奇襲をかけて。
 思わず膝が崩れて手を付いた。

 折角伸ばした手は離れて、次第に暗闇から開ける視界が最後に映したのは。


 彼が、此の関係を閉ざすように、後ろ手に襖を閉じる瞬間だった。



-続-


■ヒトリゴト■
心身剥離症候群続々編。
心と身体よりも先に剥がれてしまったのは、二人の関係性。