俺にとっては唯の無用の長物でしかない
「……ぐ…っ ぅぁ…っ」
身体が下から波打つように感じたかと思ったら、突然床と天井が歪んで癒着した。平衡感覚が狂い、壁に手を付いて支えている筈なのに、感覚では上下が逆さになって。俺は、最早自分が立っているのか倒れたのかも分からなかった。
「──っ一護?!」
意識の遥か遠く上のほうで、必死になって俺の名前を呼ぶダレカの声を聞いた。
そして視界は闇に呑まれ、俺の世界は崩壊する。
+ + +
剣八から決別を言い渡されてから三日目。俺はとうとう、自分の身体機能も保てなくなってしまったらしい。食い物なんか、もうとっくの昔に身体が受け付けてはいなかったが、今回は更に状況が悪く、栄養点滴ですらも身体が拒絶反応を示すらしく、打つ手が無いと、四番隊の隊員が嘆いていたのを意識の端で聞いた。
「──……──」
「一護、起きたのか?」
ふと、目が覚めてぼんやりと視界を広げれば、不安そうに俺を覗き込む恋次とルキア。
「──っぇ、 っ!!──ガふっ ゲホ、ゲっ…っが、ぁ──っ」
「っ一護!!」
二人の名前を呼ぼうとしたら、どうやら乾燥しきっていた喉には最早空気すらも凶器にしかならないらしく、声の代わりに出たのは、喉を切り裂くような痛みと血を引き連れた咳だった。
「一護、一護っ!!大丈夫か?!一護っ!!」
「揺するなルキア!!一護、今卯ノ花隊長呼ぶから、大丈夫だからなっ?!」
途端にパニックを起こしたように泣きながら縋るように抱き付いてくるルキアを恋次が止め、俺の傍にあったボタンのような物を押し、何処かと通信を取る。
俺はそれを横目で見ながら、出ない声で必死に「止めろ」と叫んだが、出るのは矢張り血の混じった咳と痰だけで。自分で制御も出来なくなった身体を捨てることもできずにもがいているだけだった。
「──…『 …、 』…っ」
急に動いたせいなのか、またぐらりと傾く身体をどうすることも出来ないまま、無意識の内にアイツの名前を呼んだことにも気が付かず、俺はもう一度、この疎ましい身体を手放した。
止めろ…
止めてくれ
頼むから、これ以上…
醜態を晒して生きていくのは無理なんだ
惨めな思いはもう充分味わったから
玩ばれるだけ使われて、捨てられたこの身体なんか
アイツと、繋がる術すらも無くしたこの身体なんか
もう、要らないだろ?
もう、捨てたっていいだろうが…
その為に、無理矢理身体から心を引き剥がしたっていうのに
それでも
アイツを求めてしまう心は、どうしたって殺せはしないのか…
「………けん、ぱ ち──…」
意識を闇に放ったまま呟いた言葉と共に流れた涙を、武骨な指が頬をなぞり掬う様を、窓を通り抜けた月光が濡らして。
溢れた涙は、止まらなかった。
心の剥がれ落ちた躯は
独り、貴方を求めて彷徨っている…
-続-
■ヒトリゴト■
心身剥離症候群。最終前話。
剥離した心は消すことも出来ず、身体は未だ相手を求めて。殺すことも生かすことも出来ないまま、ただその身を切り裂いて。