「…黒崎。」
「あ、更木。はよー」
…もう昼だが。と思いつつ、剣八は一護の横に並ぶ。
滅多に呼ばない苗字で呼ぶのは、一応まだ学校で、それも誰の目に付くか分からない廊下だからだ。
「貸せ。」
「へ?あ、いいよ。こんくらい自分で持てっから。」
「いいから。」
両手一杯に抱えていた荷物の殆どを、ほぼ無理矢理奪い取る形で持ち上げた。思ったよりも重かったその荷物を抱えながら、少しだけ荷物を一護の手に残したのは、全部を自分が持つと一護が申し訳なく思うか、若しくは腹を立て始めるからだった。
そんな剣八の内心を知ってか知らずか、一護は剣八を見上げてふっと微笑む。
「…なんだよ。」
「いや?相変わらず優しいんだな、と思って。」
お前にだけだ、とは言えず。ぶっきら棒にそんな事はないとしか言えない自分が少し腹立たしい。
「や、優しいだろ。そうでなきゃ、今頃就職してるハズだもんな。」
「…古い話してんじゃねぇ。」
自分より二つも年下であるはずなのに、この蒲公英頭の教師は事細かに無駄なことを覚えている。
剣八は、一年ダブっていた。
まだ9月の半ばなのでまだ誕生日は来ていないが、剣八は今年で萬19歳。本来なら、高校を卒業しているのが普通。しかし、昨年卒業間際になって日頃の行いが祟ったのか、他校の不良共が自分の後輩である一角をダシに喧嘩を吹っ掛けて来た。其のときに警察沙汰になり、卒業は取り消し。勿論、決まっていた就職も無駄になった。幸い相手側の人数が余りに多かったことにより、正当防衛で事は済んだが、其のときの傷で入院する羽目になり、4月の終わりに漸く退院したのだった。
…まさか、小学校の頃まで隣の家に住んでいて幼馴染だった一護が、ドイツでスキップして「先生」として自分の学校に赴任してきているとは思いもしなかったが。
しかも、ギプスも取れぬ状況で一人暮らしをしているマンションに戻れば、空き部屋だった筈の隣に「黒崎」の表札。
内心密かに、「捨てる神有れば拾う神有り」か、と思ったことは、まだ黙っておく。
「あん時斑目が退学になりそうだったのを必死こいて頭下げて退学取り消したの更木だってな?誤解も解けて、結局どっちも退学は免れたらしいけど。」
クスクスと笑いながら、恐らくお喋りな副理事長辺りにでも聞いたんだろう話をする一護に、剣八は溜息を吐くことしか出来なかった。
「それこっちに置いといて。わざわざアリガトなー。昼休みなんて貴重なのに。」
「つーか、んな重てぇモン一人に持たすなっつっとけよ。あの鉄仮面に。」
「鉄仮面って…朽木先生のことか?まー確かに仏頂面ではあるけどさ…話せば結構良い先生だぜ?あんまそういうこと言うなよ。」
持ってきた荷物を分類ごとに分けて棚に並べていく一護の何気ない台詞に、剣八はみっともない、と分かっていながら軽く苛立ちを覚える。
「それに、コレだって俺が何度も運ぶの面倒だったから無理矢理持ってこようとしただけで…」
自分の方は振り向かずに、棚に一冊ずつ丁寧になおしていく一護の背後から、閉じ込めるように腕を置く。自分に被さる影と気配に一護が軽く剣八の方を振り向いた。
「…更木?」
「『剣八』、だ。『一護』。」
「ちょ、──っん…」
きょとん、とした顔で見上げる一護の顎を軽く固定して、そのまま覆い被さる様にキスをした。少し離してはまた角度を変えて唇を合わせて。息を吐くために軽く開いた唇の隙間に舌を差し込む。
「ふぅ…っ──ぁ…」
くちゅり、と音を立てて侵入り込んでくる舌に、流石にマズイと思った一護が剣八を離そうと肩を押すが、力が抜けているために効果が無く。腕に抱えていた本がバサバサと音を立てて床に落ちた。
「はっ…ちょ、剣八──此処、学校…っ」
「わァってる。だから、キスだけ──」
そう言ってまた重ねられる唇と思考を掻き乱し咥内に侵入り込んでくる舌を、拒むことが出来なかったのは、何処かで自分も期待していたからか──
「続き、帰ってから覚悟しとけ。」
力が抜けて本棚の前にへたり込む自分に軽く後姿で手を振って、剣八はチャイムと同時にこの部屋を出て行った。
果たして、所要含めて帰宅するまでの残り3時間、一護が耐えれたのかどうかは、恐らく剣八だけが知っている。
-了-
■ヒトリゴト■
剣ちゃんをどうにかして生徒にしたかったが故に生まれた作品。