これを「塞翁が馬」なんていうのなら
俺は自分の強運を認めずには居られない
躯がダリィ…
意識が朦朧として、視界が歪んでる。
頭が割れるほどに痛いのは、多分本当にどっか割れてるからかも知んねぇ。
あー…ヤバ、これ利き腕折れてんな。
脚…が、ここまできて無事なワキャねぇか。
感覚が麻痺してく右腕が濡れてんのは、一体誰の血だ?
俺のと、多分、一角のと。それから…
今、俺が伸した約一クラス分の人数のヤンキーの血か?
どちらにしろ…気持ち悪ィことに変わりは無ェ。
あー…とーとー目の前真っ暗だ。
救急車の音もまだ聞いてねぇのにな。
つか、弓親の奴ちゃんと呼んだんだろうな。
俺は兎も角…一角の奴は無事なのか?
もーいーや。疲れた。
………
そんな、
意識が霞んで行く中で、鮮やかなオレンジを見た気がした。
………で出血止まりません!!」
うるせぇ…
「血圧80………切りました!………
あーもう…静かにしろよ……
「──にしてる………輸血パック持って来い!あと──
満足に寝れもしねぇじゃねぇか…
「クーパー!…──ワンアンペア追加!!……カテーテルは──………
あー…やっと…静かになっ……… 。
………い、────
オレンジ。
無機質なモノクロームの世界で、
唯一彩を持つオレンジ。
何故か、俺の中でそれが頭から離れなかった。
『剣兄ちゃん』
幼い声でそう呼ばれるくすぐったさを、何故か今更思い出した。
すぐに、ふわふわしたオレンジが視界に映る。
懐かしい、光景。
…こういうのを、走馬灯と言うのだろうか。
てことは俺、死ぬのか。
最後に思い出すのが親の顔でもダチの顔でも此間まで付き合ってた女でもなくコイツとは…。
まぁ、このオレンジだったら悪くは無い。
『剣兄ちゃん…っ ぅぇ、っく…ふ…』
ああ、また泣いてんのか。
そういえば泣き虫だったっけな。お前。
兄貴のことで泣き、俺の怪我で泣き。
でも絶対、『自分のため』には泣かない奴だったよな。
その泣き顔を、俺は見るのが厭だったんだ。
なぁ、だから泣くなよ。
虐められたのなら、俺が仕返ししてやるから。
兄貴と喧嘩したのなら、俺が話つけてやるから。
サミシイのなら、俺がずっと傍に居るから。
──だから、泣く、なよ…
『剣兄ちゃん、ぼくね、ガイコクに行くんだって。でも、ゼッタイかえってくるから。そのときは───』
…いかん。
要らんことまで思い出した。
つーか。
死ぬ間際にこんなモン思い出さすな!
ちっくしょう。
…死ねねぇじゃねぇか。
眼を開けたら、真っ白な天井。
「先生!!更木君意識回復しました!!!」
天国ってこんなんなのか、と思う前にバタバタと一気に騒がしくなる周囲。ぐるりと周囲を見渡すと、先公と久しぶりに顔見る両親と、ツルんでたダチ。全員なんか変な顔をしていた。
…あぁ、どうやら俺は、助かったらしい。
「良かった」と、お袋は言い。「馬鹿垂れが」と、親父は言った。
お前等サイレンか狼の遠吠えか?ってくらい泣き叫ぶダチが煩かった。
「一角は貴方より先に目を覚ましましたよ」と、目を紅くした弓親から教えられて、安心した。
とりあえず、破談になった就職先に詫び入れに行くのと、学校側に一角の退学を取り消さす為に校長室に乗り込むのと、どっちを先にするべきか悩んだ。
(クソ、羽目外して遊び過ぎた見返りか──)
何とか一角の退学を取り消させて、就職先に詫び入れに行って、なんだかんだで結局、俺が退院出来て一人暮らししてるマンションに戻れたのは4月に入ってから。
マンションに行く前に学校に挨拶に行っておけと親父から散々言われたので渋々職員室に立ち寄ると、元々先生・生徒共々校則のユルい学校だったが、それにしては珍しいほどの明るいオレンジが目に入って。
いつかの夢を思い出した。
「あ、久しぶり、『更木君』。」
なんでもないような顔をして、俺を見て笑うから。
俺は今すぐにでも抱き締めたいのに折れて三角巾で吊られた腕と松葉杖を持った腕では出来なくて、それほど派手に怪我するほど喧嘩した自分を呪った。
「…なんで一護が此処に居るんだ…。」
「なんだ、更木知り合いなのか?黒崎先生はこの春から現国の教師として臨採で来られたんだ。ドイツからの帰国子女らしい。」
「………黒崎……『先生』……?」
「おう、宜しくな!」
ニカリとした笑顔は昔と変わらねぇや、と懐かしむ前に、信じられない現実を前にして、確か年下だったはず、という自分の認識を疑うことでしか現実逃避が出来なかった。
目の前が一瞬真っ暗になったのは、多分怪我のせいだけじゃない。
「だって俺向こうでスキップしてきたもんよ。」
俺が8歳、小学校3年に上がるときに外国に行くんだと言った一護は確か誕生日が来ていなくて6歳だったはず。それから僅か4年で中学までの単位を、12歳の頃には高校までの単位を取ったらしい。一体何処まで頭良いんだ畜生と思ったが、更に15の時には大学の修了課程まで貰い、大学院かなんかに進んだらしいが、研究員になるつもりは毛頭無いと教員免許取って日本に帰ってきたのが最近で、気付いたら16だったかな、と笑った一護は今年の誕生日で17歳だ。最早頭が良いとかいうレベルでも無い気がする。
「…勿体無ぇ。そんな頭あるんだったらそのまま教授にでも博士にでもなってりゃいいじゃねぇか。」
「えーだって研究とかそこまで興味無かったもんよ。それに、俺の専門は『現代日本文学』だからさ。どっちにしろ日本には帰ってこねぇといけなかったんだよ。」
「だからって…なにもこんな高校の臨採になんかならんくても…。天才なんだったら他にも一杯選択肢あんだろーに。」
「別に俺天才なんかじゃねぇよ?俺の卒論の担当だった教授なんか俺より2つ3つ年下だったし。まぁ、あの人は10歳の時に既に大学院に行ってたって話だから、もっと特別だったんだろーけど。ロシアの出身っつってたけど、ロシア語どころか日本語もドイツ語もスペイン語もペラペラでさ。クォーターらしいって話だったけど、血筋に日本なんかカスってもいないのに日本文学専門で、俺より日本に詳しかったもんな。」
「………」
世の中化けモンばっかりか。
「それに…」
「?」
「──」
「なんだよ」
「…なん、でもない。」
「? 何だよ。言えよ。」
「なんでもねぇよ。其れより、まだ家に帰ってないんだろ?先に荷物置いてくるんが先なんじゃねぇ?とりあえず、学校への挨拶も終わったんだし。」
「…まぁ、そうだな…。」
明らかに何かを誤魔化した感が否めないが、それでも「なんでもない」と押し通されては此方も此れ以上は聞き返せず、俺は仕方なく家路に付いた。
…学校に行けと言ったのは親父だったのに、病院から学校、学校から家へと二回に渡るタクシー代を一銭も払ってくれなかったお陰で、俺はこの後一週間分の食費が消えた。畜生親父め。次のバイト代が入る一週間後迄、俺何喰えば良いんだよ…。
「…しかもよくよく考えてみれば、腕と足折られた状態でどうやって生活しろっつんだ?」
担当医はギプスが取れるまでそう長くはないと言ったが、それだって明日取れるって訳じゃないだろう。最低でも2週間…。さて、どうするか。
(実家にでも帰るかなぁ…。)
この上なく不本意だが。
でもまぁ、あの放任主義の両親だ。此方から出向かなければ「来い」とか「来てもいいよ」なんて科白は到底望めそうにない。(実質、以前も喧嘩で利き腕を折った事があるが、その時も「自業自得だ」と哂うだけで世話のせの字も無かった。)
そんなことをぼんやりと考えつつ、マンションのエレベーターの6Fのボタンを押す。マンションにエレベーターが付いていたことだけが、唯一の救いか?
ぽん…という不思議な電子音と微妙な浮遊感の後、エレベーターの扉が開く。片手だけ持った松葉杖で、右側最奥の自分の部屋を目指す。
(…実際、お袋には学費と生活費を工面して貰ってっから、食費に関しちゃバイト代で何とかすると豪語した手前、素直に仕送り下さいとも言えねぇ…。況してや自業自得で大怪我してその治療費まで出してもらって、腕折れてて生活も儘ならねぇからお世話になりますなんてどの口が言える。)
「…どうすっか…。」
俺が溜息交じりに何気なく通り過ぎた自分の部屋の隣。普段通り何も変わらないハズの殺風景なその光景に、何か無視出来ないものがあった気がして、俺は差し込もうとした鍵を手にしたまま、隣の部屋に視線を向ける。
「………」
俺が入院する前。其処には俺の高校の近くにある大学に通っていた大学生が住んでいた。(ちなみに女だ)しかし、大学を卒業して県外に就職したらしく(どんだけ嬉しかったのか、内定決まった時に其れまで碌に話したことも無かった俺に夕飯の御裾分けを持ってきた)、この3月の頭には引っ越していて、其処は確かに空き部屋になっていたはずだった。
が。
その空き部屋のハズの玄関口には、明らかにもう誰か違う人が住んでいる気配。
いや、其れは良いんだ。3月なんて入れ替わりの時期だし、空き部屋がいつの間にか埋まっていたなんて別段不思議な話じゃない。
問題は。
先程何気なく通過した際に、目撃したモノ。
玄関扉の横にある、四角い銀縁の、マンションとかアパートに良くあるタイプの表札。
其処に、書いてあった名前。
「…………。」
昔の夢に続き、現実でのまさかの事実が俺に期待でもさせて都合良くこの状況を見せているのか。
俺は先程眼にした文字が、幻覚や錯覚、見間違いでないことを確認するために、また松葉杖を駆使して隣の部屋の玄関扉の前に立つ。
「……………嘘だろ………。」
矢張り。何度見ても、其の表札に書かれていた名前は。
『黒崎一護』
だった。
「…本名書くなんて無用心だなオイ。」
って、違う。そうじゃない。妙な現実逃避の方法なんか身につけてる場合じゃねぇ。
「…こんな偶然、アリかよ…」
「だよな。俺もちょっと吃驚した。」
「───っ?!」
イキナリ横から声を掛けられて、俺は心臓の跳ねるような感覚と同時に声のした方向へと顔を向ける。
そこに居たのは、やっぱりさっき学校で見たオレンジ頭で。
「またお隣さん、だね。『剣兄ちゃん』。宜しく。」
ニカリ、と。少し首を傾げる笑う時の癖も10年前のままに、一護が俺に微笑んだ。
嗚呼。此れを『塞翁が馬』だなんていうのなら。
神様。俺の強運に感謝します。
(この際感謝すんのは神にじゃねぇのかなんてツッコミは聞かねぇ。)
-続-
初心ぃ感じで始まりました。何故だか如何して好評だった、無理矢理設定での学園パロ。の、剣ちゃんと一護の再会編。ムズムズした感じの関係が暫く続きますが、が、頑張ってください(誰に言ってんだ)。
………御多分に漏れず、一護の卒論を担当した教授は銀髪で背の小っこい稀代の天才様です(笑)。