抱くだけ抱いて
啼くだけ啼いて
なのに次の日には知らん顔
不確かな夜の証明は
肌に残された血色の華
首に残る、二つの傷痕
…ただ、それだけ。
麗らかな光が射す午後。その光の全てを遮断した部屋。其の奥で、僅かに身を捩る『ナニカ』の気配。
「………、」
「起きたのか?」
動物、なのか。否、其れにしては『生きている』気配のない『其れ』に、静かにかけられる低い声。気配はその声に首を向ける。
「…、早起き、だな。アンタはいつも…。」
「馬鹿言え。もう昼過ぎだぞ。テメェが遅過ぎんだよ。」
「しょうがねぇだろ。こっちは光の中じゃ生きられない。…寧ろ今すら、」
「…分ァってる。」
『寧ろ今すら』。
その言葉の指す意味は、当然彼が『イキモノ』ではないことを告げていた。
──Vampire
Draculaと言ってしまえばその言葉本来の意味とは少し歪曲するのだが、一般的なイメージではほぼ同類とされている。ヴァルコラキ、ストリゴイ、ウコドラク、クドラク等の異名を持つこともある、所謂、『吸血鬼』。
しかしながらその単語を聞いて思い浮かべる『其れ』とは違い、この吸血鬼は外見がかなり懸け離れていた。燕尾服など着ては居ないし、勿論マントも羽織っては居ない。極普通の、一般人のする格好そのもの。其の上容姿が普通の少年と変わらないためか、そのままであれば説明されなければそうとは気付くことも出来ないだろう。
「腹、減らねぇのか。」
「あぁ。昨日、鱈腹『喰わせて』貰ったからな。」
「…、兄貴は、見つかりそうか?」
「…んー…、どうだろ…」
吸血鬼である彼が寝ていた隣に腰を下ろした青年は、吸血鬼の少年に水を渡しながら言う。少年は一口水を舐め、聖水でないことを確認すると、そのまま一気に飲み下した。
「最後にアイツの気配を感じ取ったのがもう2ヶ月前だからな…。それからはなんか…シェルターにでも入ってるみたいにさっぱりだ。…正直、アイツが生きてる感じが全然しねぇ…。」
「…そうか。」
「まぁ、夜しか探せないのもネックではあるけどな…。結界張ってある中とかだったら、いくら俺でもお手上げだしな。」
「…今日も、行くのか。」
「………あぁ。」
どうやら兄弟を探しているらしい少年は、自分の頭をかきながら、自分のために閉ざされた窓を見遣りながら言う。雨でもないのに閉じられている雨戸と遮光カーテンの奥に広がる世界は、今のところ、敵だらけ。一歩足を踏み出せば、少年を殺そうという者共で溢れかえっている。
本来であれば、この男も…
「…今日こそは、手がかりくらい、見つかるといいな。」
「………あぁ。」
頭に手を乗せられて、くしゃりと髪を撫ぜられ言われた台詞に、少年は微笑みながら返事を返す。その感覚がくすぐったかったのか彼のその行動が可笑しく思えたのか、少年はそのままくつくつと笑い出す。なんだよ、と青年が問いかければ。
「…や、アンタも大概変な奴だよな。」
「あ?」
「俺を匿うってだけでも十分変なのに、其の上で飯くれたり、挙句には兄貴の心配までしてくれる。…普通、『唯の人間』でもそこまでしてくんねぇぜ?」
「…ふん。」
寧ろ、唯の人間であるならば、少年の正体を知った瞬間に、『協会』へと連絡を入れ、少年を抹消しようとするだろう。其のくらい、今の時代において『吸血鬼』というものは脅威に値するものなのだ。そんな存在を、此処まで受け入れてくれる人間など、普通は考えられない。
況してや。
「アンタ、本当なら俺も兄貴も『刈る』立場である、協会唯一の戦闘部隊、『クルースニク』なんだろう?」
クルースニク。ダンピールやヴェドゴニャ等他にも異名は存在するが、簡単に言ってしまえば要は『対吸血鬼専門殲滅部隊』だ。
協会が50年前に公式に世間にその存在を発表してからは世界中の国々で『吸血鬼狩り』が合法化され、つい先日には、その筆頭である協会会長が『既に吸血鬼は「狩る」対象ではなく「刈る」対象にまで落魄れた。』という名言までほざいたほどだ。
彼等の名前が『雄章』と共に世間に広がったのには、彼等の能力にも一因はある。人間にしてみれば脅威でしかない吸血鬼の存在と能力に、唯一『対処法』を所持している彼らは、人間にして人間には有らざる存在であったのだ。
曰く、彼等は吸血鬼の媒体となる血液を自らの其れで中和できる、と。
何の対処法も持ち得ない人間にとっては、クルースニク程頼れるものも居ないのだった。そして其の存在は、言わずもがな、吸血鬼にとっては一二を争う天敵でもあった。
その、クルースニクが。何故、少年にはこんなにも優しいのか。少年をこのまま囲い、もう一人の吸血鬼である兄の方を少年に見つけ出させ、一緒に捕らえて協会に売るつもりなのか。少年が青年にそう問うたとき、青年は静かに首を横に振った。そうであるなら、少年の兄探しに自らも赴いていると。そして笑って、青年は少年の髪を先ほどのように撫ぜてから言うのだ。
「俺ァ、協会の中でも不良だからな。」
と。
最初は其の答えにも訝しげな顔をしていた少年だったが、しかし確かに、本当に自分を餌に兄を捕らえるつもりであるだけならば、自分に『食餌』までは与えないだろう。
「結局のところ、こんなモン唯の等価交換だろうがよ。」
言いながら、青年は少年の首筋に唇を這わせる。少年はそれを拒むでもなく、寧ろ誘い込むように青年の首に手を回して快楽を享受する。
「等価交換?」
「俺がお前に血を渡すことで、俺は副作用で性的快楽を受ける。その解消にお前を抱けるんだ。十分だろ。」
「ん、えー?それに関しちゃイーブンだろ。」
「あんでだよ。」
「だって。
お前に血を貰って、性欲増すのは俺もだろ。」
クルースニクの血は、吸血鬼には媚薬と同義。吸血鬼に血を吸われる側に性的快楽が齎されるのは人間もクルースニクも変わらないが、普通の人間ではその作用はない。それも、クルースニクが吸血鬼を逃がさない手段の一つなのか、唯の体質によるものなのかは定かではないが、どちらにしろ、それを行使されれば、吸血鬼に逃げる術が無いことは確かだった。
「…細けぇこと気にすんなよ。」
「…言い訳考えて墓穴掘んなよ。」
言いながらも手は止めず、青年は少年の服を剥いでいく。
「…つーか。俺ァ元々が協会に入りたくて入ったんじゃねぇし。協会も、必要なのは『俺』じゃねぇ。吸血鬼を退治し得る存在の『数』が重要なんだ。働きなんざ、見ちゃいねぇよ。」
「クルースニクの血、か…。」
元々クルースニクとは、人間と吸血鬼のハーフのことだ。人間の血と吸血鬼の血を半分づつ併せ持つその存在は、生まれながらにして吸血鬼を発見、退治するための特殊な能力を持っている。だからこそ、協会はその存在を希少価値を見做し、対吸血鬼の『武器』として、彼等を否応無しに殲滅へと赴かせる。そこに、彼らの意思などとうに無く。
「…えっと、もしかしてマジでスるんですかね?」
「あ?此処までしといて今更だろうが。」
「うーん…そうなんだけど…」
既に上半身の服を脱がされ、またベッドに押し倒される感覚に、少年はおずおずと確認をする。
「あぁ、要るんならさっさと飲めよ。夜にはまた結構ハードに動かなきゃいけねぇんだろ?」
「ん、うん…。」
ほら、と自ら首を差し出す青年に、少し困ったような表情を見せる少年。流石に少し訝しげに思ったのか、青年が顔を顰めて少年を見た。
「なんだよ。煮え切らねぇな。」
「ぅ、えーと、今日って確か、16日だろ?」
「あぁ。でも金曜じゃねぇぜ。」
「それは多分『話』が違う。しかもそれは16日じゃなくて『13日』だな。そうじゃ、なくて。確か…5月16日って『性交禁忌の日』じゃなかったっけか。」
「はァ?」
聞いたことねぇ、と青年はまた顔を歪めた。
「んー…なんだっけ。今日セックスすると、たしか近日死ぬんじゃなかったっけか。」
「…その伝承が本物だとしても、凄ぇ信憑性無ぇな。」
「ぅー、んなこと言うなよ…。いちおーお前を心配してやってんじゃねーか。」
「は、それこそ余計な世話だ。大体にして…」
青年は、少年の前髪をかきあげ、現れた緋色の双眸に口付けて、言う。
「…『禁忌』なんて、今更だろ。」
「………、そうだな。」
禁忌を犯し追放された吸血鬼と、その吸血鬼と禁忌を犯すクルースニク。一歩外に出てしまえば、どちらも糾弾されるべき存在。それでも、この手を離せないその理由に。未だどちらも名前を付けれずにいるのは、まだ負い目があるからなのか。
5月16日に性交を交わした者は、短期間の間にその一生を終えてしまうという、『性交禁忌の日』。
奇しくも其れが実現するのは、其の日から僅か三日後のことだった。
-了-
ヒィィィィ!剣ちゃんの性格が全然違うじゃねぇかァ!!!す、すませ…orz