糾弾
4.だましぶね

「しっかし。ホント最初から最後まで無茶苦茶なんだけど凄ェ人だったよな。」
「当たり前だろう!私の自慢の兄様だ。」
「はは、言い切るな。」
「当然だ。何せ、私の自慢の姉上が命を賭けて愛した人なんだからな。」

 誇らしげに語るルキアのこの顔を、果たして白哉は知っているんだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、ふと、昔の自分を想起した。

 『人間として、死なせてやる』、か。

「…俺には、出来なかった、ことだ、な。」
「ん?何か言ったか?」
「んゃ、何でも。それより…」
「そうそう。そういえば、お前、ずっと一緒に居るっつってた『兄貴』っての、何処に居るンだ?」
「え…」

 一護の台詞を遮って、恋次が割り込んでくる。唐突に聞かれた恋次の台詞に、何故かどこか、違和感がある。

「何だよ、いきなり…。今までんなこと聞かなかったじゃねぇか。」
「や、ルキアの『兄様』の話聞いてたらよ、お前にもそういえば兄貴居たな、って思って。でも、5年前のあの時も、その兄貴って奴は傍には居なかったよな?」
「そりゃ、常に行動一緒な訳ねぇだろ。それともお前は、もし自分に姉貴がいたとして、四六時中一緒に居るってのか?」
「そうじゃねぇけどさー。やっぱ気になんじゃん。吸血鬼になってから200年間ずっと一緒なんだろ?そんな話聞かされたら、誰だってどんな奴なのかとか、気になんじゃん。」

 恋次は笑って言うが、一護は何故か嫌な感覚がしていた。台詞は普通。恋次に兄貴の話をした覚えは全くないが、協会で隊長格であるなら、知っていても不思議はない。話の流れからして、この話を持ちかけられても、本来はなんの不思議も疑問もないはずなのだが──…

「……何が言いたいんだ、恋次。」

 違和感は、取り除けない。

「…そう、警戒するなって。別に普通の話だろ?」

 恋次は、変わらず笑顔を貼付ながら、一護を見据える。ルキアも、ただ静かにカップに口を付けていただけだった。

「そう、だな。普通の話だな。今この時点で吸血鬼の生き残りが俺と兄貴の二人だけ。隊長格に昇格したお前が、俺と兄貴のことを知らないわけがない。気になるのは、当然だな。」
「そうそう。何をそんな警戒してんだよ。」

 恋次は笑って答えるが、一護の警戒は増すばかりだ。

「──そんで、白哉の首で昇格したお前が、俺と兄貴の首を同時に狙っていたとしても、それは『協会の人間』なら、当然だな。」

──ガタンッ

 一護の台詞が終わると同時に、派手な音を立てて恋次が間のテーブルを越えて一護をソファに押し付ける。恋次の両手は、一護の首に回っていた。

「…BlancSavantに劣らない聡明さは、流石だな。でも、ちょっと気付くのが遅かったんじゃねぇのか?『無喰主義者-Vegetarian』さんよ。さっき俺が理吉を追い出した時点で、奴に援護の要請を頼んだとは、思わなかったのか?何のために、こんなクダラナイ昔話をしたと思ってんだ?それが、援護到着を待つまでの時間稼ぎだとは──

 露程も思わなかったのかよ?」

「──…っ、」

 首を絞められているので声が出ない。酸素が脳まで回らない。血液、が、脳、まで…トドカナイ。
 恋次の顔が、不敵に歪む。

「言っただろ。『テメェを追うためだけにたった5年で隊長格まで伸し上がったんだぜ?俺がテメェを…

逃すわけねぇだろうが。』」

 きらり、と。
 恋次の後ろで何かが煌いた。
 あぁ、アレは…

「兄様の形見だ。…一護。」

 そうだ。アレは。白哉が持っていた、否。白哉の物質創造能力で作り出された、正真正銘の、白哉の『形見』。白哉そのもので出来た、綺麗な日本刀。死ぬ間際に、ルキアに渡せと頼まれたもの、だった。
 その煌く刃の先が、俺の心臓の位置に合わせられる。

「…この距離、なら、逃げることは出来ぬだろう?」

 そうか。
 二人で、俺を殺すのか。
 最初から、その算段だったのか。
 そうか。漸く…

 俺を、殺してくれる、のか。

 長かった。
 始まってから、200年だ。それだけの長い間、俺は自らの業を背負って生きてきた。
 死にながら、死に続けながら、生きてきた。
 幾つもの業を増やして、血で肉を洗って、罪を罰で拭って、生きてきた。死に続けてきた。
 それが、漸く、今此処で終わる。

 嗚呼。漸く、終わるのだ。

「………、『  』…」

 最後、だと。目を閉じて呟いたのは。口にした名前、は。
 何故だか、兄貴の名前では、無く───…


『決めた。お前は俺が殺す。だから、其れまで誰にも殺されるな。全身全霊全力死力を尽くしてテメェを殺してやるから、テメェも、俺には手ェ抜くなよな。』


 いつだかの、かなり一方的な約束を思い出して。
 落ちかけた意識が浮上した。

「止めた。」
「あ?」

 首にかけられた恋次の手をそっと握って、呟いた。その言葉が聞こえたのか、それとも言葉の意図が分からなかったのか、恋次とルキアは揃って不可解だ、という顔を見せる。

「…うん。やっぱり、止めた。」
「は、だから、何を…」

──ガツンッ!!!

 恋次の台詞を遮って鈍い音が、部屋中に響き渡る。
 掴んだ恋次の腕を軸に、一気に恋次を壁に『投げ付けた』際の、衝撃音だった。
 ゆっくりと身を起こして、気絶している恋次を一瞥して、ルキアの正面に立つ。

「ぅあ…、あ、ぁ…っ」

 ルキアは、今まで見せたことのないような表情でがくがくと、震えていた。初めて本物を、化物を見た、と言わんばかりの恐怖心。それは、俺がまるで人形を放り投げたように恋次を投げ飛ばした怪力への恐怖か。それとも、凍りついたように表情も感情も映さない血色の双眸に中てられているのか。
 別にどちらでも、構わないけれど。

「悪いな、ルキア。やっぱり止めた。やっぱり、

 お前ら如きには、殺されてやらない。

 俺を殺せるのは、この世界で二人だけだ。そしてそれは、お前らじゃねぇよ。」

 冷徹な瞳はそのままに、それでも微笑んで俺はルキアに宣言した。それが気に食わなかったのか、ルキアは激昂して白哉の形見である日本刀の切っ先を俺に向けた。

「ふっ、フザけるのもいい加減にしろ!この状況を分かっているのか!!外に一体何人の隊員が犇めいていると思っている!!この部屋の扉を開けただけで貴様を殺せるだけの隊員が集まっているのだぞ!!私が一声かければそれら全員がこの部屋に飛び込んでくる!!それでも逃げ切れるとでも思っているのか!!」
「さぁな。知らねぇよ。でも、テメェ等如き非力な人間、何人居ようが変わんねぇさ。御貴族の白哉サマは無理だと判断したらしいが…俺には、『無理だ』とは思えない。」
「きっ、貴様ァっ!!!」

 其の台詞が、決定打だった。
 ルキアが一足で間合いを踏み込み、一護の心臓を目掛けて付を入れる。しかし、その一瞬間前に、一護は心臓周辺を鋼鉄に部分変形し、防御した。それでもルキアの衝撃自体は殺せず、ルキア諸共背後の窓に叩きつけられる。硝子の飛び散る派手な音に、恋次が僅かに覚醒した。

「…へぇ。結界封印術だけじゃなく、ちゃんと基礎的な戦闘術くらいは身に付けてるのか。」
「当たり、前だ…っ!あの日、兄様と共に死ぬことを赦さなかった貴様をずっとこの手で殺してやろうと、5年間絶えず貴様を呪い続けてきたのだ!!この好機を、逃して溜まるかっ!!」

 硝子窓から一護の上半身は外へと投げ出された状態で、上から被さるようにルキアが一護の心臓に刃を突き立てた体勢のまま、均衡状態が続く。咽喉の奥から搾り出されたようなルキアの悲痛な叫びに、一護は微かに眉を寄せた。

「兄様は私の唯一の家族だったのだ!!姉上亡き今、私の唯一譲れぬものは間違いなく白哉兄様だけだった!!」
「…それが喩え、化物でもか?」
「それが何だというのだ!!たとえ化物だろうが鬼だろうが怪異だろうが知ったことか!!兄様が居てくれるなら、私はたとえ人間の全てを敵に回しても構わなかったのだ!!!兄様が死ぬときには私も共にと…っ!!それを貴様が壊したのだ!!」

 ギリギリと、鋼と刃の擦れる音が響く。その音にも似たルキアの悲鳴は、一護の脳内を急激に冷ましていった。

 一緒に。共に。生きるのではなく。死ぬことが。本望なのだ、と。この少女は言う。
 じゃあ、なんだ?
 自分の首を差し出してまで、自分のアイデンティティを崩してまで、自分のプライドを屠ってまで、お前を護った白哉はどうなる。
 生きていて欲しいという一心で、『ヒト』を棄てた、奪った、

 俺は、如何なる───

「はっ クダラネェ。」
「煩いっ!!!」

 ルキアは滅茶苦茶に顔を歪め、今にも泣きそうな顔で必死に切っ先を一護に突き立てる。先ほどから1mmも鋼鉄化した心臓部には食い込んでいないのに、その位置を変えようとは、しない。
 冷めた目でルキアを見ながら、窓枠に置いた自重を支える自分の腕を見遣る。そろそろ、『支える』のは、限界だろうな、と。ぼんやり思って。ルキアに視線を戻した。

「…じゃぁ、此処は、『負けてやる』さ。」

 一護が、そう呟いて、手を窓枠から離した瞬間、ズルリ、と身体が重力に従って頭から傾く。ルキアもつられて前のめりに落ちそうになるが、其の瞬間。

 ルキア、が。
 安堵したように、安心したように、表情を緩めた。

「っ?」

 ルキアの、その表情の意味が分からなくて、今度は一護が顔を歪める。そして、ルキアの口が、ゆっくりと動いた。

『 』『 』 『 』 …


「─────!!!!」


バサバサバサ───っ!!!

 木々の擦れ折れる激しい音を立てながら、一護は地上に落下する。3階の高さから真っ逆さまに頭から落ちても痛みを認識する間に傷は癒えていく。それでも、呆然と、体勢を整えながら、混乱した思考を必死で鎮める。
 落ちる最後の瞬間に、ルキアの背後に恋次が見えた。ルキアの安堵したような表情と同じくして、恋次の表情も安心したように緩められていた。

(畜生…そういう、ことかよ…。テメェ等、最初から、そんな…)

 一護は身体を反転させて、周囲の様子を窺う。矢張り先ほどの硝子の割られる音で外で待機していた何人かは屋敷の中に入ったのか、ざわついてはいるが人数は減っている。

「くっそ…!」

(これも、計算の内かよルキア──?!)

 心内で毒づきながらも、一護はすぐに身体を影へと変化させ、その場を後にした。落ちると思った瞬間に、ルキアも一緒に落ちたかと思ったが、あの様子だと恋次が助けてくれているだろう。そんなことよりも、一護にはこの場所から一刻も早く立ち去ることの方が重要。集団や群集は混乱しているときが一番逃げやすい。そんなことも、あの二人は算段に入れていたのだろうか?分からない。一体、何処から何処までが二人の思惑なのか。けれど、はっきりしていることはある。

 あの二人は、最初から俺を協会から逃がすことが目的だったのだ、と。

 状況と同じく混乱している一護の頭でも、それだけは、分かった。



...


-続-


…ルキアと恋次と白哉は出そうと思ってたのですが、流石に理吉は想定外、だったな…。